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2021年8月31日

生態系を活かした気候変動適応:EbA

特集 不確実な未来への備えを科学する「気候変動適応」研究プログラム
【環境問題基礎知識】

西廣 淳

EbAとは?

 EbAとは、Ecosystem-based Adaptation あるいはEcosystem-based Approach for Climate Change Adaptationを略した言葉で、日本語では「生態系を活かした気候変動適応」と訳されます。生物多様性条約では「気候変動による悪影響への対処に生物多様性と生態系サービスを組み込み、気候変動に適応すること」と定義しています。森林、草原、湿地などの生態系がもつ、さまざまな機能やそこに存在する生物を持続的に活用し、気候変動によるリスクや損失を軽減するアプローチを指します。

 生態系とは、生物とそれを取り巻く環境要素(水、土壌、栄養物質など)が構成するシステムです。都市内の緑地も生態系ですので、「街中に樹木に覆われた歩道をつくり、暑い日に逃げ込んだり一息ついたりできるようにする」取り組みはEbAといえます。また、河川周辺の湿地や水田も生態系ですので、「台風などの大雨で河川から溢れた水を一時的に貯留できるように湿地や水田を保全する」取り組みもEbAです。他にも、土砂災害のリスクの軽減に役立つ樹林の整備や、観光と防災の両方に役立つサンゴ礁の保全などの取り組みなども考えられます。このようにEbA は都市から地方まで、さまざまな地域で適用できます(写真1)。

 EbAは比較的最近になって使われるようになった用語ですが、別の目的で整備・管理してきた生態系や、伝統的な管理が継続されてきた生態系が、気候変動適応にも役立つケースが数多くあります。効果的・効率的な気候変動適応のためには、EbA を目的として新たに土地を確保したり新たに土木工事を行ったりするだけでなく、すでに存在する生態系の機能を評価し、保全や管理を進めることも有効でしょう。

東京都千代田区大手町の森のオフィスビルの間に人工的に作られた森の写真
写真1 大手町の森(東京都千代田区)。オフィスビルの間に人工的に作られた森が木陰と風の通り道を形成し、オアシス的な空間となっている。

EbAへの注目

 EbAと関連の深い概念に、Eco-DRRがあります。これはEcosystem-based Disaster Risk Reductionの略で、「生態系を活かした防災・減災」と訳されます。Eco-DRRについては、環境省が2016年に発効した報告書とハンドブックで、詳しく解説されています(https://www.env.go.jp/nature/biodic/eco-drr.html)。EbAとEco-DRRは関連が深いものの、同一ではありません。Eco-DRRは災害への対策であり、その中には地震や噴火など気候変動と直接は関係しないものも含まれます。一方、EbAは気候変動による影響への対策であり、対象とする気候・気象現象には、平均気温の上昇など災害には該当しないものも含まれます。しかし豪雨による河川の氾濫や高潮のように、気候変動の影響で生じる災害に対する生態系を活かした対応は、EbAでありEco-DRRでもあるといえます。このようにEbAとEco-DRRは大きく重複する概念です(図1)。

NbS(自然を活用した解決策)、EbA(生態系を活かした気候変動適応)、Eco-DRR(生態系を活かした防災・減災)の概念の相互関係図
 
図1  NbS(自然を活用した解決策)、EbA(生態系を活かした気候変動適応)、
Eco-DRR(生態系を活かした防災・減災)の概念の相互関係

 2021年5月20-21日に開催されたG7気候・環境大臣会合では、気候変動適応と防災・減災だけでなく、気候変動の緩和策や貧困地域での持続可能な社会の構築など、さまざまな課題に対して、「自然を活用した解決策」を推進することの重要性が強調されました(https://www.env.go.jp/pres/109603.html)。ここで「自然を活用した解決策」という意味で用いられている語はNbS(Nature-based Solutions)です。NbS はEbA やEco-DRR を包含する意味の広い概念といえるでしょう。

 NbSは、2019年に欧州委員会が発表した気候変動対策を軸とした成長戦略である「欧州グリーン・ディール」や、COVID-19 からの経済回復策である「グリーンリカバリー」において、重要な課題として位置付けられています。また、欧州投資銀行は、NbSプロジェクトにおける資金メカニズムやビジネスモデルをまとめた手引きを発行しています(https://www.eib.org/attachments/pj/ncff-invest-nature-report-en.pdf )。

 さまざまな環境問題の中でも生態系や生物多様性に関する課題は、資金や投資の面で立ち遅れていました。しかしその状況は変化し始めているようです。このように生態系を活用したアプローチが注目されるのは、そこにメリットがあるからです。その一つが「多機能性」です。たとえば都市内の樹林には、暑熱リスクの軽減だけでなく、雨水浸透の促進や景観の改善などの効果が期待できます。河川周辺の氾濫原湿地には、水害リスクの軽減だけでなく、水質浄化や生物多様性保全などの効果が期待できます。このような「一石二鳥」な特徴は、環境対策の間でのコンフリクトを回避し、効果的・効率的な取り組みを可能にするでしょう。他にも、比較的安価に導入できる場合が多いことや、状況の変化に柔軟に対 応しやすいことなどもメリットとして挙げられます。

EbAの課題

 EbAには導入にあたっての課題も存在します。機能の定量的評価が十分ではないこともその一つです。国立環境研究所では、気候変動適応にも寄与する生態系の機能評価の研究を進めています。一例として、マングローブの消波機能の研究が挙げられます。マングローブの形態と気温など環境条件の関係を詳細に調べるとともに、他機関の専門家とも連携し、波浪軽減などの工学的な特性との関係を分析しています。これらの研究を通してマングローブの働きがより明確になり、保全や再生が進めば、防災だけでなく、生物多様性保全、漁業資源や観光資源の保全、炭素蓄積など、多くの課題の解決につながるでしょう(写真2)。

西表島のマングローブ。植物はヤエヤマヒルギとオヒルギの写真
写真2 西表島のマングローブ。植物はヤエヤマヒルギとオヒルギ。(撮影:井上智美)

 今後、生態系の機能評価の研究は進むと考えられます。しかしどれほど研究が進んでも、人工的な機械やコンクリートの構造物などと比べると、不確実性や変動性がつきまとうでしょう。しかしその「あいまいさ」があるからこそ、多機能性や「想定外」の外力に対する強さといったメリットも発揮されるようです。気候・気象条件の不確実性が増す将来に向け、人工的な構造物と生態系の両方のメリットを活かした総合的な対策を考えていくことが重要でしょう。

(にしひろ じゅん、気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の西廣淳の写真

気候変動適応に適応できる社会は多様な価値観を認める社会であるはず。適応をきっかけに、個人が尊重される暮らしやすい社会が実現したらいいな、と考えています。

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