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2024年5月29日

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気候変動下の極端高温による熱中症発生で救急車が足りなくなる

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2024年5月29日(水)
国立研究開発法人国立環境研究所

 

 国立環境研究所気候変動適応センターの研究チームは、東京都を対象に、50年に一回の頻度で発生する程度の極端高温下における熱中症の救急搬送困難事案の発生可能性に関する将来予測を行いました。その結果、熱中症救急搬送のピーク時(14時)において、熱中症の救急搬送困難事案(熱中症のみで救急車の稼働率が100%を超える事案)の将来的な発生可能性が予測され、その傾向は気候変動がより進む可能性のある21世紀後半に顕著となりました。なお、熱中症以外の理由での救急車要請も存在するため、現状でも救急搬送困難事案の発生可能性が懸念されます。このような救急搬送困難事案を回避するために、気候変動の原因となる温室効果ガス削減に向けた取組とともに、熱中症リスクを低減するための取組や、救急車の適正利用等が重要となることが示唆されます。本成果は2024年5月13日付けでIOP出版社から刊行される国際学術誌『Environmental Research: Health』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

2023年は世界的に観測史上最も暑い年となり、わが国も例外ではありませんでした。今後、気候変動が進展すれば、さらに暑い年を迎えることになるなど、まさに地球沸騰化の時代を迎えつつあります。わが国では夏期の高温により熱中症が大きな社会的課題となるなか、気候変動に伴うさらなる高温の発生により甚大な熱中症被害が生じることが懸念されます。

熱中症による救急車要請や搬送者数が、気候変動により将来どの程度増加するかについての研究は既に多く存在します。なお、救急車要請が将来どの程度増加するかということに加え、これらの救急車要請に対応することが可能かを明らかにすることも、救急システムに係る今後の必要な対策を検討する上で重要となります。特に、救急システムで対応可能な数以上の救急車要請があれば、COVID-19流行下において発生したような救急搬送困難事案の発生が懸念され、その対策が求められます。そこで本研究では、極端高温下における熱中症による救急車要請に対応する救急車の稼働率の評価を通じて、救急搬送困難事案の発生可能性についての将来予測を行いました。

2. 研究手法

本研究では、東京都を対象に、50年に一回の頻度で発生する程度の極端高温(以下「50年気温」という。)下における熱中症の救急搬送困難事案の発生可能性を評価しました。基準年(1985年から2014年)、21世紀半ば(2021年から2050年)、そして21世紀後半(2071年から2100年)の3期間を評価対象にしました。

3期間毎の50年気温は、各年の最も高い日最高気温を抽出の上、抽出された日最高気温を一般化極値 (GEV) 分布注釈1にフィッティングさせることにより求めました。このフィッティングに際しては、気候変動による気温上昇が考慮可能な算定方法を適用しました。50年気温は、3つの社会経済シナリオ(SSP)注釈2および代表的濃度経路シナリオ注釈3の組み合わせと、5つの気候モデル注釈4を用いて評価しました。

次いで、熱中症による救急車要請数を予測するモデルを構築しました。救急車要請数は、暑さを示す気候指標(日最高気温や日最高WBGT)との間に指数関数的な関係を示すことが知られています。本研究では暑さを示す気候指標として日最高気温を採用し、7歳から17歳、18歳から64歳、65歳以上の3つの年齢層別に救急車要請数予測モデルを開発しました。

開発された救急車要請数予測モデルに、算出された50年気温を代入することにより、各期間の救急車要請数を予測しました。予測された救急車要請数から、熱中症救急搬送のピーク時(14時)の救急車要請数を推定の上、この救急車要請数に対応するための救急車の稼働率を評価しました。この評価に際し将来的な人口変化も考慮の上、人口当たりの救急車の台数は一定としました。

3. 研究結果

熱中症救急搬送のピーク時において、基準年では熱中症による救急車の稼働率が50%と予測されました。21世紀半ばではSSP1-RCP2.6で110%の、SSP5-RCP8.5で200%の熱中症による救急車の稼働率が予測されました。また、21世紀後半ではSSP1-RCP2.6で135%の、SSP5-RCP8.5で738%の熱中症による救急車の稼働率が予測されました注釈5(図)。21世紀半ばや21世紀後半において、熱中症のみで救急車の稼働率が100%を超える救急搬送困難事案の発生が予測され、その傾向は気候変動が最も進む21世紀後半のSSP5-RCP8.5で顕著となりました。なお、基準年からの増加分の1割から2割程は将来的な人口変化によるものです。

熱中症以外の理由での救急車要請も存在するため、現状でも救急搬送困難事案が発生する可能性はあり、また、将来では本研究で予測された以上に救急搬送困難事案の発生可能性が高まることが懸念されます。このような救急搬送困難事案を回避するためには、気候変動の原因となる温室効果ガス削減に向けた取組とともに、熱中症リスクを低減するための取組や、救急車の適正利用等が重要となることが示唆されます。

熱中症による救急車要請に対応するための救急車の稼働率の予測結果のグラフ図の画像
図 熱中症による救急車要請に対応するための救急車の稼働率の予測結果。100%はすべての救急車が稼働中であることを示し、100%を超えれば救急搬送困難事案の発生となる。本研究では、3つの社会経済シナリオ(SSP)注釈2および代表的濃度経路シナリオ(RCP)注釈3の組み合わせ(SSP1-RCP2.6、SSP2-RCP4.5、SSP5-RCP8.5)と、5つの気候モデル注釈4を利用した。図は5つの気候モデルによる結果の平均値を示す。

4. 今後の展望

本研究では、50年気温を評価するに際し、30年分の年最大日最高気温を利用しました。その結果、50年気温の推定値に不確実性が含まれることも明らかとなりました。この不確実性の低減に向けて、今後はd4PDF注釈6のような多数の実験結果(アンサンブル)を用いて、より精度の高い50年気温を算定の上、47都道府県を対象とした熱中症の救急搬送困難事案の評価を実施する予定です。

5. 注釈

注釈1 一般化極値 (GEV) 分布:最大値等の極値分布を表す分布関数。極端現象の確率年値等の評価の際に用いられる。 注釈2 共有社会経済経路シナリオ(SSP): 将来の社会経済の発展の傾向を仮定したシナリオ。社会経済の多様な発展の可能性を気候変動に対する緩和と適応の困難度に基づきSSP1からSSP5の5つに区分される。本研究では日本版SSPの将来人口を採用した。 注釈3 代表的濃度経路シナリオ(RCP):人間活動に伴う温室効果ガス等の大気中の濃度が将来どう変化するかを想定したシナリオ。代表的なものにRCP2.6、RCP4.5、RCP8.5があり、数字が大きいシナリオほど高い温室効果ガス濃度を想定している。本研究では、RCPと親和性のあるSSPの組み合わせを採用した(SSP1-RCP2.6、SSP2-RCP4.5、SSP5-RCP8.5)。 注釈4 気候モデル:将来の気候をシミュレーションするモデル。本研究ではACCESS-CM2、IPSL-CM6A-LR、MIROC6、MPI-ESM1-2-HR、MRI-ESM2-0の5つの気候モデルを採用した。 注釈5 ここでは5つの気候モデルによる結果の平均値を記載した。 注釈6 d4PDF:高解像度大気モデルを使用した高精度モデル実験出力。過去については3000年分(日本周辺域)の、将来については全球平均気温が産業革命以降 1.5℃、2℃ および 4℃ 上昇した未来の気候状態についてモデル実験を実施。多数の実験結果(アンサンブル)を活用することで、極端現象の将来変化を確率的に、また高精度に評価することが可能。

6. 研究助成

本研究は(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題1-2307(極端高温等が暑熱健康に及ぼす影響と適応策に関する研究)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】Prediction of ambulance transport system collapse under extremely high temperatures induced by climate change 【著者】Kazutaka Oka, Yasushi Honda, Yasuaki Hijioka 【掲載誌】Environmental Research: Health 【URL】https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2752-5309/ad4581(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1088/2752-5309/ad4581(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
 室長    岡 和孝
 客員研究員 本田 靖
気候変動適応センター
 センター長 肱岡 靖明

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動影響観測研究室 室長 岡 和孝

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)