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2021年6月3日

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水温上昇と水質悪化により湖沼の溶存酸素量が減少
—世界393湖沼の長期観測データからの警鐘—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)

2021年6月2日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
 生物多様性領域
 室長 松崎 慎一郎
 

   米国レンセラー工科大学率いる国際研究チーム(国立環境研究所を含む)は、温帯域に分布する世界393湖沼から長期観測データを収集し、1980年から2017年の間に、表層の溶存酸素濃度が5.5%(0.45 mg/L)、底層の溶存酸素濃度が18.6%(0.42 mg/L)減少していることを明らかにしました。算出された減少速度は、これまで海洋で報告されてきた値の2.8~9.3倍であることが分かりました。また、湖沼の溶存酸素濃度の減少には、水温の上昇と水質の悪化が強く関係していることが明らかになりました。本研究成果は、長期間にわたる地道な観測と国際連携の重要性を示しているとともに、気候変動に対する適応策の検討の一助となることが期待されます。本研究の成果は、2021 年6⽉3⽇(日本時間)、英科学雑誌「Nature」に掲載されました。
 

1.背景

 湖や海などの水域のシステムでは、水に溶けている酸素の濃度(溶存酸素濃度)が、生物の生息や物質循環に大きく影響します。動物プランクトン、底生動物や魚類の生息には、十分な酸素が必要です。また、富栄養化※1している湖沼や内湾の底層では、溶存酸素濃度が低下する、あるいは無酸素状態になると、泥から大量の窒素やリン等の栄養塩が溶出し、植物プランクトンの大増殖を引き起こす可能性があります。これまで、世界中の海域で溶存酸素濃度が低下していることが報告されていましたが、湖沼の溶存酸素濃度の変化について、グローバルスケールの比較・評価は行われていませんでした。
 そこで、今回、GLEON(Global Lake Ecological Observatory Network;国際湖沼観測ネットワーク)を活用して、温帯域に分布する湖沼の長期観測データを網羅的に収集し、表層と底層の溶存酸素濃度が長期的にどのように変化してきているか、特に水温の変化との関係について、統合的な解析を行いました。水温が上昇すると、飽和溶存酸素量※2が減少するため、それに伴って溶存酸素濃度が減少することが予想されます。本研究では、この飽和溶存酸素量の低下によって、溶存酸素濃度が減少しているか、水質等の他の人為的要因によって、溶存酸素濃度が変化しているのか、要因を詳細に分析しました。

2.研究成果の概要

 世界393湖沼から、溶存酸素濃度や水温などの長期観測データ(45148個のデータ)が収集されました(図1)。アジア地域からは、唯一、国立環境研究所が参加し、1976年から霞ヶ浦で毎月行っているモニタリングデータ※3を提供し、解析に参加しました。研究チームは、収集・統合されたデータから、溶存酸素濃度が顕著に変化する夏季の表層と底層の溶存酸素濃度について、長期的にどの程度変化したか推定しました。

解析に用いられた温帯域に分布する393湖沼を世界地図に表したもの。
図1.解析に用いられた温帯域に分布する393湖沼。
アジア地域からは唯一霞ヶ浦が参加しました。

 まず、表層水温が10年間で平均0.39℃上昇していることが分かりました(図2A中の黒線)。底層の水温については、明瞭なトレンドは認められませんでした(図2C)。次に、溶存酸素濃度については、表層と底層の両方で、減少していることが明らかとなりました(図2B中の黒線,D)。1980年から2017年の間に、表層では0.45mg/L(5.5%)、底層では0.42mg/L(18.6%)、減少していると見積もられました。これまで海洋で報告されてきた値(1960年以降、全層で約2%減少)を大きく上回ることが分かりました。

推定された表層と底層の水温と溶存酸素濃度の長期トレンドを表した図
図2.推定された表層と底層の水温と溶存酸素濃度の長期トレンド。
黒線は、推定された全湖沼の長期トレンド(灰色の範囲は推定値の標準誤差)、縦軸は、モデル推定値の平均値からの偏差(平均値をゼロとした時の差分)を示している。A,Bにおける赤線は、水温と溶存酸素濃度の両方が増加している湖沼(87湖沼)の水温および溶存酸素濃度のトレンド、青線はその他の湖沼の水温および溶存酸素濃度のトレンドを示している。

 表層の溶存酸素濃度の低下について、表層水温の上昇によって主に説明できることが明らかになりました。水温と飽和溶存酸素量の関係式に従って、多くの湖沼で、表層の溶存酸素濃度が減少していることが分かりました。ただし、夏の平均水温が24℃を超え、透明度が2m以下の富栄養化した湖沼(87湖沼)では、表層の溶存酸素濃度はむしろ増加していることがわかりました(図2B中の赤線、図3A)。これらの湖沼では、植物プランクトンの量が非常に多く、光合成量の増加によって溶存酸素濃度が増加したと考えられました。また、透明度の低下は、農地の占める割合など流域の土地利用改変と関連していたことから、水温の上昇に加えて、流域の土地利用に伴う水質の変化が、表層の溶存酸素濃度を複雑に変化させている可能性が示唆されました。
 一方、底層の溶存酸素濃度は一貫して減少していることが分かりました。この底層の溶存酸素濃度の低下は、透明度の低下に加えて、表層と底層の水温差による密度差※4の増加によって説明できることが明らかになりました(図3B)。透明度が低い(水質の悪化した)湖沼では、表層で生産された有機物が沈降し、底層ではその有機物の分解に大量の酸素が使われるため、底層の溶存酸素濃度が減少したと考えられました。また、表層の水温上昇に伴い、表層と底層の水温差による密度差が大きくなると、表層水の鉛直混合が起こりにくくなるため、表層から酸素が供給されず、底層の溶存酸素濃度がより低下した可能性が示唆されました。

推定された(A)水温と透明度が表層の溶存酸素濃度に与える影響、(B)透明度と表層と底層の密度差が底層の溶存酸素飽和度の変化率に与える影響を表した図
図3.推定された(A)水温と透明度が表層の溶存酸素濃度に与える影響、(B)透明度と表層と底層の密度差が底層の溶存酸素飽和度※4の変化率に与える影響。

3.今後の展望

 解析した393湖沼は、湖沼の形態や特性が異なるにも関わらず、水温の上昇、水質の悪化によって、表層と底層の溶存酸素濃度が減少していることが分かりました。溶存酸素濃度の低下は、魚類などの生物の生息、栄養塩や重金属などの再溶出、温暖化効果ガスの一つであるメタンガスの放出など、深刻な生態系影響を引き起こすことが懸念されます。本研究は、流域からの栄養塩の負荷を減らすなど湖沼の水質改善対策が、水温上昇の影響を緩和する上で、つまり気候変動に対する適応策として重要であることを示唆しています。現在、国立環境研究所が進める気候変動適応研究プログラムでは、湖沼の貧酸素化に対する適応策に資する研究を進めています。
 また、本研究は、国際的な観測ネットワークを通じた連携に加えて、長年にわたる地道な観測が重要であること示しています。様々なリソースが限られる中、こうした観測をどのように継続・発展させていくかが重要な課題です。現在、センサーを取り付けたブイを湖上に浮かべる等して、溶存酸素濃度を自動で、かつ分単位の高頻度で、観測することが技術的に可能になっています(霞ヶ浦でも開始しています)。今後、こうした高頻度観測データを取得することで、溶存酸素濃度濃度の変化に関わる要因や詳細なメカニズムの解明、湖沼生態系の変化を早期に検出するシステムの構築につながることが期待されます。

4.発表論文

<タイトル>
Widespread deoxygenation of temperate lakes.

<著者名>
Jane SF, Hansen GJA, Kraemer BM, Leavitt PR, Mincer JL, North RL, Pilla RM, Stetler JT, Williamson CE, Woolway RI, Arvola L, Chandra S, DeGasperi CL, Diemer L, Dunalska J, Erina O, Flaim G, Grossart HP, Hambright KD, Hein C, Hejzlar J, Janus LL, Jenny JP, Jones JR, Knoll LB, Leoni B, Mackay E, Matsuzaki SS, McBride C, Müller-Navarra DC, Paterson AM, Pierson D, Rogora M, Rusak JA, Sadro S, Saulnier-Talbot E, Schmid M, Sommaruga R, Thiery W, Verburg P, Weathers KC, Weyhenmeyer GA, Yokota K, and Rose KC

<雑誌>
Nature

<DOI>
doi: 10.1038/s41586-021-03550-y

<URL>
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03550-y【外部サイトに接続します】

5.用語説明など

※1湖沼を取り巻く流域から、窒素やリンなど栄養塩が過剰に流入し、それらを栄養として利用する植物プランクトンが大量に増加し、有機物が増加する。富栄養化が進んだ湖沼では、透明度が低くなり、さらに藍藻類が異常繁殖して、時にアオコと呼ばれる現象が発生します。
※2一定の温度・気圧のもとで、水と大気が平衡状態にある時、この水には一定濃度の酸素が溶け込んでいる。この量が飽和溶存酸素量と呼ばれ、飽和溶存酸素量は水温が高くなるほど低下する。湖水中の溶存酸素量は、重量濃度(mg/L)の他に、飽和度(%)で示す場合がある。水温によって(純水中の)飽和溶存酸素量は決まっているため、測定された湖水の水温の飽和溶存酸素量を100%として、実際測定した酸素濃度を飽和度で示すことができる。
※3「霞ヶ浦データベース」(https://db.cger.nies.go.jp/gem/inter/GEMS/database/kasumi/ index.html)からモニタリングデータを公開している。水温や溶存酸素濃度のほかに、透明度、栄養塩類、プランクトン、底生動物、魚類など様々なデータを公開している。
※4水温によって水の密度が異なる。夏、表層付近の水温が高くなるにつれて、表層の水の密度は低下し、表層と底層の間に水の密度差が生じる。この密度差が大きくなるにつれ、表層と底層の鉛直方向の水の混合が起こりにくくなる。この現象は成層と呼ばれる。

6.問い合わせ先

【本研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生態系機能評価研究室 室長 松崎慎一郎

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
TEL:029-850-2308