ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2022年12月28日

市民科学的アプローチによる干潟生物調査

特集 気候変動と生態系、モニタリング研究の今
【調査研究日誌】

金谷 弦

気候変動と干潟生態系

 みなさんは、干潟を訪れたことがあるでしょうか。干潟は、川が運んできた砂や泥が緩やかに堆積した遠浅の海岸で、潮がひくと沖の方まで広大な陸地が現れます。埋め立てによって昔より減ってしまったとはいえ、今でも日本沿岸には多くの干潟があります。干潟に暮らす貝やカニ、ゴカイのような底生動物(ベントス)は、泥に穴を掘ってかき混ぜ、水や泥の中の有機物を食べ、魚や鳥の餌となることで、水質浄化や海の中の物質循環において大切な役割を担っています。

 将来的な気候変動は、海の生きものたちの地理的分布や生態に影響をおよぼすと予想されています。干潟の生きものたちも、もちろん例外ではありません。海の水温が変われば、そこに暮らす生きものの個体群動態(卵から孵化し、成長し、成熟して産卵し、次の世代が受け継がれていくこと)を大きく変化させる可能性があります。しかし、実際の海の中で生きものの暮らしぶりにどんな変化が起こっているのか(起こる可能性があるのか)はほとんどわかっていません。気候変動のような長い年月をかけての変化は、腰を据えてじっくり調べていく必要があります。本稿では、青森県の陸奥湾と神奈川県の三浦半島で、市民の方たちとの協力によって「じっくり・ゆっくり」と行った干潟生物調査について紹介したいと思います。

小学生たちとのウミニナ研究-青森県陸奥湾

 ウミニナは巻貝のウミニナ科に属し、環境省のレッドリストで準絶滅危惧に指定されている希少種です。分布北限は青森県陸奥湾であり、湾内の2箇所で生息が確認されていましたが、2007年にむつ市川内町の人工海浜「かわうち・まりん・びーち」(2001年整備)で新たな個体群が見つかりました(図1)。私は、2009年に初めて陸奥湾のウミニナを実際に手にしました。「うわ。で、でかい!なんてでかいんだ!」というのがその時の感想でした。仙台湾でしかウミニナを見たことのなかった私は、殻長5 cmになろうかという北のウミニナにとても驚きました。仙台湾では殻長3.5 cm程度。鹿児島湾では最大殻長1~2 cmという研究報告もみつかります。「青森のウミニナ、実は国内最大?」そんな仮説がちらつきました。

図1 青森県むつ市川内町にある人工海浜「かわうち・まりん・びーち」(左)。 干潟上には非常に高密度でウミニナが生息しています(右)。
図1 青森県むつ市川内町にある人工海浜「かわうち・まりん・びーち」(左)。
   干潟上には非常に高密度でウミニナが生息しています(右)。

 私たちは、かわうち・まりん・びーちで、むつ市立川内小学校との共同研究を2014年から2019年まで行いました。5年生の授業として、子ども達がウミニナの空間分布や体の大きさ、生息密度、生殖腺の発達具合を調べました(図2)。ウミニナに背番号を振り、季節毎にどれくらい成長するかも追跡しました(マーキング実験)。得られた結果を、他の地域で行われた研究結果と比べ、陸奥湾でのウミニナの成長や繁殖がどのような特徴を有しているのかを考察しました。

図2 むつ市立川内小学校との共同研究。
図2 むつ市立川内小学校との共同研究。
先生や研究者のサポートのもと、小学校5年生が調査に参加しました。5年生が講演者となって、学会でのポスター発表も4回行われました。

 一連の研究で、とても興味深い結果が得られました。本生息地のウミニナは、秋になると干潟の下の方、海水のあるエリアに集まってきます。ところが、文献をあたってみると南のウミニナはこのような行動を行わないようです。陸奥湾のウミニナは、寒さを避けるために海水に浸かる暖かい(=凍結しない)場所で越冬するのかもしれません。また、最初の印象通り、陸奥湾のウミニナは成長や成熟が遅いものの、他地域と比較してとても大きくなり国内最大級であることもわかりました。マーキング実験も3年間続けることができ、とても重要な発見がありました。1年目、2年目は夏が低温で(8月の平均地温:24~25度)ほとんど成長しなかったのですが、3年目の夏は暖かく(同:>26度)、1ヶ月で殻長が4.6 mm(14個体の平均値)も成長しました。陸奥湾では、夏場の温度がウミニナの成長量を決めており、将来的に温度が1~2度上昇するだけで大きな影響が生じる可能性があります。以上の結果は国際学術誌に論文として掲載され、小学生との研究が貴重な学術的成果となり、大きな実を結ぶこととなりました。

「干潟市民調査法」での生物相モニタリング-神奈川県三浦半島江奈湾

 京急の三浦海岸駅から路線バスに乗り、30分ほどで江奈湾という小さな入り江に着きます。この入り江には、ヨシ原とその前に広がる小規模な干潟があり、岩礁や海草藻場(顕花植物であるアマモやコアマモが密生した場所)も見られます(図3)。

図3 三浦半島江奈湾の干潟。
図3 三浦半島江奈湾の干潟。
右手奥に淡水の流れ込みがあり、ヨシ原が発達しています。袋状になった湾の対岸は海岸林があり、左手の湾口方向には岩礁やアマモ場もあります。干潟上に見える緑色の部分はコアマモ。多様な生息場が多様な干潟生物を育みます。

江奈湾は東京湾の湾口に位置しており、東京湾内では見られなくなったハマガニのような生きものも沢山確認されました。私たちは、NPO法人OWS(The Oceanic Wildlife Society)が主催する干潟市民調査に2013年から参加し、江奈湾の干潟生物多様性とその変化をモニタリングしています。ここで、「干潟市民調査」とは8名以上の市民を1グループとし、ヨーイドンで干潟の生きもの探しをし、何人がその種を見つけたか(発見率%)で干潟の生物多様性を評価する手法です。はじめに干潟を15分間歩き回り、発見した生物を袋に入れていきます。次に、スコップでの掘返しを15回行います。調査が終わったら、専門家の指導のもとで生きものの名前あて作業を行い(種同定)記録します。広い範囲を歩き回るので、とてもレアな生きものを偶然見つけてしまう人もいますし、たまたま拾った貝殻に謎の小さな生きものがくっついていることもあります。沢山の目で、広い範囲を見て回ることが「干潟市民調査」の大きな利点です。このようにしてモニタリングを何年も続けた結果、江奈湾だけで2022年までに353種を超える底生動物と22種の魚類が確認され、その中には多くの希少種が含まれていました(図4)。

図4 江奈湾の市民調査でみつかった底生動物の一部。
図4 江奈湾の市民調査でみつかった底生動物の一部。
干潟の生きものをみつけるには、それぞれの生息環境を知ることがとても大切です。
岩礁に溜まった砂の上でよくみつかるウミニナ(a)、アマモ場で暮らすムシロガイ(b)、潮上帯の転石下で暮らす巻き貝ナギサノシタタリ(c)、泥干潟に深く潜るサビシラトリ(d)、干潟上の転石下にくっついた二枚貝ニッポンマメアゲマキ(e)、淡水の入る干潟でみつかるハマグリ(f)、砂干潟でみつかるスジホシムシモドキとスジホシムシモドキヤドリガイ(g)、泥干潟で暮らすユウシオガイ(h)、岩礁に付着するゴカイの仲間ケヤリムシ(i)、環境省絶滅危惧IB類、ツバサゴカイの棲管(j)、泥干潟の転石下に棲管を作るヒャクメニッポンフサゴカイ(k)、スジホシムシモドキと共生関係にあるアカホシマメガニ(l)、ヨシ原で暮らすユビアカベンケイガニ(m)、汽水域の転石下でみつかるタイワンヒライソモドキ(n)、ヨシ原に深い穴を掘るハマガニ(o)、泥干潟で暮らすヒメヤマトオサガニ(p)、ヨシ原で暮らすベンケイガニ(q)、石混じりの泥干潟でみつかるイソテッポウエビの仲間(r)、潮だまりでみつかるクエの幼魚(s)、淡水がしみ出す石の下でみつかるミミズハゼの仲間(t)。撮影者:横山耕作、宮川貴子、多留聖典、池上喜代壱、金谷弦。写真の多くはOWS制作「江奈湾干潟生きもの図鑑」より(https://www.ows-npo.org/zukan/ena/

 東京湾の入り口に残された小さな干潟、江奈湾。黒潮の影響を受けるこの干潟は、南から運ばれてくる底生動物の浮遊幼生が着底する場となります。実際に、私たちの調査でも分布北限と思われる生きものがみつかっています。この場所でのモニタリングを続けていくことで、気候変動に伴う干潟生物の分布変化を検出することができるのでは・・・と考えています。

おわりに
-市民科学的なアプローチによる生態系モニタリング

 近年、色々なところで「市民科学」という言葉を耳にすることが多くなりました。市民科学とは、職業研究者だけでなく、一般市民のみなさんがデータの取得や解析に参加した科学研究のことを指します。インターネットの発達やソフトウェアの開発、ガイドブックの整備などにより、気候変動、移入種、保全生物学、自然再生、水質モニタリング、個体群調査といった生態学や環境科学関連の分野で、市民科学ベースの研究が大きく発展しつつあります。干潟を舞台にした市民科学的研究はまだ始まったばかりですが、私たち研究者が子どもたちを含む市民のみなさんと一緒に調査を行うことで、多くの人に干潟の大切さや干潟に暮らす生きものたちの面白さを伝えていけるとよいなぁ・・・と思っています。

(かなや げん、地域環境保全領域 海域環境研究室 主幹研究員)

執筆者プロフィール:

執筆者金谷弦の写真

北海道出身なので、関東の夏の蒸し暑さが堪えます。気候変動で、将来もっともっと暑くなったとしたら自分は耐えられるのだろうかと心配になる今日この頃。気候変動は、陸上に暮らす私たちだけではなく、海の生きものたちにも大きな影響をおよぼす可能性があります。アサリやハマグリが湧き、春にはカレイやガザミの子どもが育ち、冬には海苔を摘む。そんな日本の干潟が、私たちの子どもや孫の代まで豊かでありますように。

関連新着情報

関連記事