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2021年7月15日

共同発表機関のロゴマーク
東南アジアの泥炭・森林火災が
日本の年間放出量に匹敵するCO2をわずか2か月間で放出
:旅客機と貨物船による観測が捉えたCO2放出

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、気象庁記者クラブ同時配布)

2021年7月15日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
気象庁気象研究所
 

◆ 2015年は非常に強いエルニーニョ現象等による干ばつで東南アジアの島嶼地域での泥炭・森林火災が大規模化。旅客機および貨物船による現地での高精度観測により、泥炭・森林火災で放出された二酸化炭素(CO2)を観測。
◆大気シミュレーションモデルを用いてこれらの観測データを解析することにより、2015年9−10月の期間において東南アジア島嶼地域で発生した大規模火災からのCO2放出量を273 Tg(炭素換算)と推定した。
◆ この量は日本の年間の放出量に匹敵する。
◆ 2015年の大規模火災からのCO2放出量について、現場での高精度観測データを使った推定は本研究が初めて。
◆ 当該地域の泥炭・森林火災からのCO2放出量は極めて大きく、今後も観測による継続したモニタリングが重要である。

本研究の成果は2021年6月23日に欧州地球科学連合の専門誌「Atmospheric Chemistry and Physics」に掲載されました。
 

1.概要

 国立環境研究所(NIES・つくば市)と気象庁気象研究所(MRI・つくば市)で構成される研究グループ(統括は丹羽洋介 主任研究員/NIES, 客員研究員/MRI)は、2015年に東南アジアの島嶼地域で発生した大規模な泥炭・森林火災からの二酸化炭素(CO2)放出量について定量的な解析を行い、その放出量が2015年の9月から10月までの間で273 Tg (炭素換算)(※1)であったと推定しました。この量は現在の日本の年間のCO2排出量(※2)に匹敵するものであり、わずか2か月間で大量のCO2が大気へと放出されたことになります。
 2015年は非常に強いエルニーニョ現象が発生した年であり、世界中で異常気象が発生しました。一般的にエルニーニョ現象が発生すると、東南アジアの赤道付近においては、大気の対流活動が不活発になり、雨雲が例年より発達しにくいことから、乾燥する傾向にあります。2015年はその規模が大きく、深刻な干ばつが発生しました。インドネシアやマレーシアなどの島嶼地域では、泥炭と呼ばれる土壌が広く分布していますが、この泥炭は炭素を多く含んでおり、乾燥すると燃えやすい性質を持っています。この泥炭が分布する地域を中心として、乾季の後半である9−10月頃に泥炭・森林火災が大規模化し、陸域生態系のみならず煙による大気汚染など地元住民の生活や健康にも多大な影響を及ぼしました。この時、大気には大量のCO2も放出されたと考えられています。
 人工衛星から火災の場所や焼失面積等を同定し、火災起源のCO2放出量を見積もるボトムアップ・アプローチ研究がありますが、火災の強さや燃え方まではわかりにくいことからその見積もりには不確かさが存在します。一方、CO2の濃度がどれだけ大気中で上昇したかを実際に観測し、そこから辿って放出量を見積もるトップダウン・アプローチ研究がありますが、その見積もりには時空間的に高密度な観測データが必要です。本研究で対象とする地域は、このトップダウン・アプローチ解析で、通常、利用される陸上の観測地点が非常に少ない「観測の空白域」であり、従来は信頼度の高い推定を行うことが不可能でした。また、この地域の大気のCO2濃度を人工衛星で測定することには、積雲が多く存在することと、また、火災から放出される煙が影響することによって、データの取得率が低く誤差も大きくなってしまうという弱点がありました。
 そこで本研究では、旅客機と貨物船という現地周辺を航行する移動体に観測装置を搭載した観測(図1)に着目し、これらの上空・海上のデータを用いてトップダウン・アプローチ解析を行うことによって、当該地域における火災からのCO2放出量をより正確に見積もることに成功しました。この旅客機による観測は国立環境研究所、気象庁気象研究所、日本航空株式会社、株式会社ジャムコ、JAL財団が共同で実施している温室効果ガス観測プロジェクトCONTRAIL(※3)によるものであり、貨物船による観測は国立環境研究所がトヨフジ海運株式会社と共同で実施しているものです(※4)。これらの観測は世界的にも高い評価を得ている、日本を代表する温室効果ガス観測となっています。

本研究で用いた旅客機および貨物船による観測データの位置の図
図1 本研究で用いた旅客機および貨物船による観測データの位置。ピンクが旅客機、青が貨物船による観測を示しています。地図のオレンジ色の領域が今回の解析の対象領域となります。灰色で示す六角形(一部、五角形)のメッシュはシミュレーションモデルの格子(平均格子間隔112 km)を示しており、解析はこの空間解像度で行っています。

 2015年の旅客機によるCO2観測は、図2で示すように東南アジア島嶼地域において高頻度にデータが取得されています。しかしこの図から分かる通り、大気のCO2濃度は必ずしも泥炭・森林火災が多く発生した9−10月にのみ上昇しているわけではありません。これは、CO2が泥炭・森林火災だけではなく、人間活動における化石燃料燃焼や、陸域生態系、また海洋によって放出されたり吸収されたりするためであり、さらに、大気中での輸送によってもその場所の濃度が変動してしまうためです。この大気中CO2濃度データから地表面の放出量(または吸収量)を推定するため、本研究では、大気のシミュレーションモデルを基にした逆解析(※5)という手法を用いました(図3)。また、逆解析の結果について、その妥当性を評価するため、貨物船によるCO2および一酸化炭素(CO)の観測データを用いました。COは不完全燃焼により発生する気体で、特に泥炭が燃焼するとその燃焼効率の低さから大量に放出されることが知られています。実際、泥炭火災が多く発生したボルネオ島やスマトラ島から輸送されたものと思われる高いCO濃度の空気が貨物船によって観測されたことがシミュレーションによる解析で分かりました(図4)。この貨物船によるCO2およびCOのデータとシミュレーション結果を比較したところ、逆解析によって観測との整合性が向上することが認められ、正味のCO2放出量(※6)とともに火災からの放出量についても推定精度が向上したことが確かめられました。
 最終的に旅客機と貨物船の両者のCO2データを使った逆解析では、東南アジア島嶼域の正味のCO2放出量は2015年の1年間で608 Tg(炭素換算)と推定されました。さらに9−10月の期間においては正味322 Tg(炭素換算)、このうちの泥炭・森林火災起源の放出量は273 Tg(炭素換算)と推定されました。このことから、この地域のCO2放出・吸収において泥炭・森林火災の影響が非常に大きいことが伺えます。本研究は、2015年の大規模火災からのCO2放出量について、初めて現場での高精度観測データを使って推定したものです。また、推定精度の向上から、現場観測が極めて有用であることを示すことができました。これらの旅客機および貨物船による日本の観測は、コロナ禍における困難があった中でも本観測に協力する航空会社や船舶運航会社などの民間企業の努力によって現在においても継続して行われています。
 泥炭は数千年もの長い年月にわたり形成されたものであり、失われた泥炭の炭素の回復は容易ではありません。一方、森林の木々は大気中からCO2を吸収しながら成長するため、森林の炭素は比較的早く回復しますが、火災後に農地へ転換されたり、大規模火災が度重なったりすれば十分な炭素の回復は望めません。したがって、当該地域で大規模火災を未然に防ぐこと、また、火災後の森林管理を適切に行うことは、パリ協定の1.5℃/2℃目標を達成して温暖化を防ぎ、持続可能な社会を実現するためにも重要です。
 温暖化緩和策を推進していくために必要な基礎データや科学的知見を提供するため、我々は今後も観測を継続し、本研究の解析スキームを通してCO2放出量を長期にわたってモニタリングしていきます。

旅客機により東南アジア島嶼地域周辺で観測されたCO2濃度の時間—緯度、時間—高度断面で表した図
図2 旅客機により東南アジア島嶼地域周辺で観測されたCO2濃度(5日間の移動平均。下層の境界層内および成層圏のデータは除く。)の時間—緯度(上段)、時間—高度断面(下段)。上段は東経90°-130°範囲の高度約10kmのデータ、下段はシンガポール空港(北緯1°、東経104°)へ下降中、また当該空港から上昇中に取得されたデータを示しています。

インドネシア島嶼地域におけるCO2放出・吸収量の2015年9月の分布の図
図3 インドネシア島嶼地域におけるCO2放出・吸収量の2015年9月の分布。(a), (b)はそれぞれ逆解析の初期値(逆解析を行う前の暫定的な推定値。ここではボトムアップ・アプローチによる推定値を使用しています)、解析値を示しており、黄色から赤色にかけて放出、水色から緑色にかけて吸収を表現しています。(c)は両者の差であり、逆解析によって放出が大きく(または吸収が小さく)見積もられたところを黄色から赤色にかけて、放出が小さく(または吸収が大きく)見積もられたところを水色から緑色で表現しています。

2015年9月と10月に貨物船で観測されたCO濃度の図
図4 2015年9月(a)と10月(b)に貨物船で観測されたCO濃度(黒)。東南アジア島嶼域を航行中のもののみ示しています(東経95°-125°、南緯10°-北緯15°)。赤は大気シミュレーションによって計算された貨物船航路上のCO濃度、青、水色はそのうちのスマトラ島、ボルネオ島での火災起源の濃度を示しています。また、このシミュレーションの結果において火災起源の影響が大きかった高CO濃度イベントを灰色のハッチで示しています。

2.研究助成

 本研究は、環境省および(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20142001, JPMEERF20172001)のもと実施されました。また、JSPS科研費JP 19K03976の助成を受けました。また、本研究で用いた旅客機および貨物船の観測は環境省・地球環境保全試験研究費(地球一括計上)のもと実施されています(環1253, 環1652, 環1851, 環2151)。本研究で行った大気シミュレーションおよび逆解析は国立環境研究所のスーパーコンピュータシステム(NEC SX-ACE)を用いて行いました。

3.発表論文

【タイトル】
Estimation of fire-induced carbon emissions from Equatorial Asia in 2015 using in situ aircraft and ship observations
【著者】
Yosuke Niwa1,2, Yousuke Sawa2*, Hideki Nara1, Toshinobu Machida1, Hidekazu Matsueda2**, Taku Umezawa1, Akihiko Ito1, Shin-Ichiro Nakaoka1, Hiroshi Tanimoto1, and Yasunori Tohjima1
【所属】
1. 国立環境研究所
2. 気象庁気象研究所
*現所属:気象庁
**現所属:獨協大学
【雑誌】
Atmospheric Chemistry and Physics
【DOI】
10.5194/acp-21-9455-2021
【URL】
https://acp.copernicus.org/articles/21/9455/2021/【外部サイトに接続します】

4.補足情報

※1: ここではCO2と同時に放出される(その後、大気中で酸化されてCO2となる)COも含めた量として表しています。また、炭素換算とはCO2およびCOに含まれる炭素の量として表したものです。1 Tg(テラグラム) = 1012g(グラム)。

※2: 最新の2019年の日本のCO2排出量(土地利用、土地利用変化および林業を除く)は11億600万トン(CO2換算)= 302 Tg (炭素換算)。
参照:温室効果ガスインベントリオフィス(編)、環境省地球環境局総務課脱炭素社会移行推進室(監修)「日本国温室効果ガスインベントリ報告書2021年」、国立環境研究所地球システム領域地球環境研究センター(2021年)

※3: 本プロジェクトにおける大気CO2濃度の高頻度観測は2005年より実施しており、日本を中心としてヨーロッパ、北米、アジア、オーストラリアなどの航路でデータを取得しています。
CONTRAILプロジェクトのホームページ(英語):http://www.cger.nies.go.jp/contrail/
日本航空によるCONTRAILプロジェクトの紹介(日本語):
http://www.jal.com/ja/csr/environment/social/detail01.html【外部サイトに接続します】
ジャムコによるCONTRAILプロジェクトの紹介(日本語):
https://www.jamco.co.jp/ja/csr/activity/project.html【外部サイトに接続します】

※4: 本観測は国立環境研究所が長期にわたり取り組んでいる地球環境モニタリング事業の一環としてトヨフジ海運株式会社が運航する貨物船舶を用いて2002年より実施しており、日本—北米間、日本—オセアニア間、日本—東南アジア間を航行する3隻の貨物船舶で大気・海洋温室効果ガスの広域観測を行なっています。
定期貨物船を利用した温室効果ガスモニタリングについて:
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/warm/
トヨフジ海運株式会社による「大気・海洋温室効果ガスの広域観測」の紹介:
https://www.toyofuji.co.jp/csr/kouken/observation.html【外部サイトに接続します】

※5: NICAMと呼ばれる大気シミュレーションモデルをベースとした逆解析システム(NICAM-based Inversion System for Monitoring-CO2)を用いました。逆解析とは、放出量をモデルに入力して大気中のCO2濃度を計算する解析手法とは逆で、CO2濃度の観測結果を解析システムに入力して放出量や吸収量を計算する手法のことです。NICAMは東京大学大気海洋研究所、海洋研究開発機構、理化学研究所などが開発したモデルです。シミュレーションには気象庁の長期再解析データJRA-55や海洋CO2フラックスデータなどを用いています。

※6: ここでの正味とは、放出量から吸収量を差し引いたものとしています。この正味の量には、化石燃料燃焼や泥炭・森林火災による放出、陸上生態系による放出・吸収が含まれます。

5.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 
地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室
主任研究員 丹羽洋介

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
e-mail:kouhou0@nies.go.jp tel:029-850-2308


旅客機および貨物船による観測を用いた泥炭・森林火災からのCO2放出量の推定:東南アジア島嶼地域において