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2013年10月31日

大気汚染の国内問題と国際問題

特集 大気汚染の現状と健康影響評価

新田 裕史

 地球を取り巻く大気は、大循環と呼ばれる北半球や南半球全体の広い動きから海陸風のような地域的な動きなど、時々刻々変動しながらも、一定の法則に従った動きをしています。春季の東アジアでは大陸から東への大気の流れが優勢であり、今春の中国を発信源とするPM2.5(粒子の大きさが2.5 μm以下の大気中粒子)による大気汚染問題はそのことを実感させられる出来事でした。

 国境を越えた大気汚染の問題は今回のPM2.5問題で我々がはじめて経験したものではなく、ヨーロッパでは越境大気汚染の問題が1950年代頃から認識されるようになっていました。1979年にはヨーロッパを中心として数十ヶ国が参加して、長距離越境大気汚染条約(CLRTAP)が採択され、大気汚染の状況の監視・評価、原因物質の排出削減対策などを進めています。一方、東アジア地域における国際的な取組みとしては、日本のイニシアチブにより中国をはじめとする東アジアの13ヶ国が参加して「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)」が2001年から本格稼働していますが、今のところ政府間協定や条約の形にはなっていません。

 日本では1972年に大気中の浮遊粒子状物質(SPM、10 μm以下の大きさの粒子)について環境基準を設定しました。当時、国際的には総浮遊粉じんと呼ばれる数十μmの大きさの粒子を含む粒子状物質に関する基準が主流でしたので、日本は世界に先駆けて健康影響の点からより重要である微小な粒子に着目していたことになります。米国ではほぼ同時期に十数年にわたる大気中粒子状物質の健康影響に関する長期疫学研究が始まり、その中でPM2.5の測定も開始されました。PM2.5はSPMよりもさらに微小な粒子をターゲットにしたもので、測定法も異なるものでした。米国ではこの疫学研究の成果も踏まえて、1997年にPM2.5の大気環境基準を設定しました。米国内ではこのPM2.5基準設定の科学的根拠について批判もあったことから、PM2.5の発生、環境動態、測定法、健康影響などの広範囲な分野に多額の研究費を投入して、研究を推進しました。その成果として、PM2.5に関する理解は大きく進むとともに、米国が世界の研究をリードし、PM2.5が微小粒子の国際標準になりました。一方、日本独自のSPMは人の健康保護の点から先進性があったと考えられるにも関わらず、いわゆるガラパゴス化してしまったということができます。

 今春のPM2.5問題では中国から飛来するものに関心が集中しましたが、PM2.5とその前駆物質の発生源は日本国内にもあり、すべてが中国から飛来するわけではありません。PM2.5には国内問題と国際問題が共存しています。地球環境問題に限らず、環境問題の解決には国際的な取組みが必要であることはいうまでもありませんが、これまでは公害をルーツとする大気汚染は国内の地域的問題であるという意識が強かったように思われます。今回、中国を発信源とするPM2.5が国民的な関心事になった理由として、中国との外交問題があったことは確かだと思いますが、原発事故による放射性物質による環境汚染を契機として、国民の環境に対する意識が高まったことも大きい要因ではないかと推測されます。大気汚染研究者にとって、国内における発生源や環境動態の解明とともに、越境大気汚染はこの二、三十年の大きな課題の一つであったために、中国大陸からPM2.5などさまざまな大気汚染物質が飛んで来ることは常識でした。この常識の陰から予想を超える国際問題が現れたということかもしれません。

 本特集では、国立環境研究所で進められている大気汚染の健康影響に関する研究の一端を「先導研究プログラムの紹介」と「研究ノート」でご紹介するとともに、「環境問題基礎知識」にPM2.5の解説記事を掲載しています。PM2.5をはじめとして、大気汚染物質の生成機構や健康影響などについてはまだ解明しなければならないことがたくさん残っています。これらの研究をさらに進めていくとともに、大気汚染防止のために、国内問題と国際問題の解決を図っていかなければなりません。その思いを読者の皆様と共有する機会となることを願っています。

(にった ひろし、環境健康研究センター長)

執筆者プロフィール

新田 裕史

15年ほど前の国立環境研究所ニュースのこの欄に、趣味はテニス、音楽、料理と書いていました。この3つは今でも変わりませんが、それぞれの趣味に対する気持ちの優先度や割いた時間などはその時々で違っていたと思います。仕事が忙しい時ほど趣味に打ち込みたいという欲求が高まります。

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