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2011年6月30日

環境リスク研究の発展にむけた環境リスク研究センターの取り組み

【環境リスク研究センターの紹介】

白石 寛明

 国立研究機関から独立行政法人への移行後の第1期中期計画期間において政策対応型調査・研究センターとして設置された化学物質環境リスク研究センターは、第2期中期計画期間において、環境リスク研究センターとして再構成され、生物多様性、PM2.5、環境ホルモン・ダイオキシン等のプロジェクト研究の一部を継承しました。

 第2期中期計画期間において、実施された環境リスク研究プログラムはこのような広範な研究分野を環境リスク研究として進めるにあたり、化学物質、ナノ粒子をはじめとして、侵入生物、貧酸素などの生態系や人の健康への悪影響に対するリスクを主なターゲットとして設定し、環境リスク研究センターの研究は、リスク評価が困難な課題に対する先導的な研究アプローチ(プロジェクト研究)、政策支援を視野に入れて進める応用的な研究アプローチ(政策対応型課題)、政策ニーズに基づいたリスク評価の実施、あるいは、リスク情報の提供、広報活動など実践的な取り組み(基盤整備)という3つのアプローチより構成されました。プロジェクト研究として、現在の知見では不確実性が大きく正確なリスク評価ができないものの、放置すれば、将来、著しい悪影響が懸念される課題として、曝露評価では、多様な化学物質の曝露を取り上げました。階層的GIS(地理情報システム)モデルとして、POPs(残留性有機汚染物質)や水銀の地球規模モデル、日本全国の地域規模GISモデル、農薬類の時間変動を有する排出推定手法と流域規模モデルを完成しました。化審法(化学物質審査規制法)や水環境基準の予備検討などいくつかの政策課題や国際協調を通じた多くの場面で活用される成果となりました。健康影響では、感受性要因とナノ粒子の評価を取り上げ、免疫過敏を引き起こす素因を検討し、病原体を感知するトール様受容体が高感受性を決める遺伝的素因の1つであり過敏反応に関与していることを初めて示し、また、発達段階と臨界期の関係およびそのメカニズムの取りまとめを行いました。ディーゼルエンジンから排出されるナノ粒子の挙動と成分を明らかにし、動物実験において肺の炎症、酸化的ストレス、心血管系への影響や発がん性について明らかにしました。生態系に対するリスクについては、評価レベルの合意が困難であり、かつ、リスク因子の特定が困難であるため、野外調査に基づき生物多様性の減少や初期生活史の減耗要因を解明するとともに、群集レベルの形質の変化を予測するための形質動態モデルを作成し、生態系機能の評価法として提示しました。また、外来生物による交雑リスクや寄生生物持ち込みリスクを示し、カエルツボカビの起源がアジアにあり、そのため、国内種はカエルツボカビ菌に対し耐性のあることを示しました。

 国立環境研究所第3期中期計画では、環境政策への貢献を担う国内外の環境研究の中核的研究機関として、環境研究の柱の8つの研究分野に対してそれぞれセンターが設置され、侵入生物の影響等の課題は、生物・生態系研究センターが分担することになりました。環境リスク研究センターは、引き続き、環境リスク研究分野を担い、安全が確保された社会の構築を目指し、化学物質を主な研究対象として、化学物質等の環境リスク要因の同定、曝露経路及び動態の解明と曝露評価法、有害性評価に資する機構解明と健康リスク評価法、生態影響の評価に資する機構解明、試験方法及び生態リスク評価法並びに環境リスクの評価と政策・管理に関する調査・研究を実施し、人の健康の安全確保と生態系の保全に貢献することとなりました。課題対応型研究を「研究プログラム」と呼ぶように変更されましたが、生態リスクと健康リスクの研究、および、関連する事業を一体的に実施するという研究体制は第2期中期計画期間と同様です。

 課題対応型の「化学物質評価・管理イノベーション研究プログラム」(図参照)では、化学物質等の生態リスクの研究を進めて、種個体群の存続可能性や生態系機能等の観点から、評価の対象となっている生物の個体群への影響と生態系保全の関係について整理し、また、化学物質やナノマテリアルの毒性評価手法の開発と安全性に関する研究や生態影響の試験及び評価に関する研究を進めることにより、新しい考え方に基づく化学物質のリスク評価手法を提示することを目指しています。これにより、内分泌かく乱化学物質や難溶性物質等への対策を含む環境施策の推進、環境行政にとって重要な試験法の開発研究や評価の枠組みを提案します。さらに、これらのリスク管理について、多様な影響や特性を持つ多数の化学物質に対する効果的かつ効率的な管理のため、リスク要因の時空間特性の解明など評価手法の高度化に関する研究を行うとともに、リスクの特性や科学的知見の確からしさを考慮し、科学的不確実性の高い段階で最適の対策を選択する方法の開発など、新たな手法を導入することにより化学物質の環境リスク管理の戦略を示すための研究を実施します。

研究分野間の連携の図(クリックで拡大画像がポップアップします)
図 環境リスク研究分野における課題対応型研究プログラム、基盤的な調査研究と環境研究の基盤整備と研究分野間の連携

 基盤的な研究に加えて、環境施策に資する化学物質リスク評価の基盤整備事業として、化審法等に対応する排出量推定の検討と評価ツールの作成、生態毒性予測手法の高度化、作用機構に基づく化学物質の評価法について多環芳香族炭化水素(PAH)等混合物のリスク評価の検討を進め環境政策立案等に貢献するようセンターの活動も強化していく予定です。環境研究の基盤整備では、生態影響試験に関する標準機関(レファレンス・ラボラトリー)としての機能を新たに整備します。国内外の関係機関と連携して生態影響試験法の精度管理について検討し、必要に応じてクロスチェック等の試験結果の比較を行い、標準試験法として整備して情報を提供するほか、試験用水生生物の維持と提供を行います。特に、法規制上位置付けられている試験用水生生物(メダカ、ミジンコ、ユスリカ等)については、効率的な飼育体制を整備し、試験機関への提供を行います。また、化学物質の環境リスク評価の推進に向けた基盤整備のため、環境リスクに関する最新の研究動向や社会情勢を踏まえて、関係機関等と連携し、環境リスクに着目した化学物質に関するデータベース等を構築し提供します。

 これらの活動によってリスク管理施策を科学的側面から支える研究組織としての機能の一層の強化を図り、また、国際機関、関連団体等との連携を積極的に進め、中核的研究機関としての役割をさらに強化していくこととしています。

(しらいし ひろあき、環境リスク研究センター長)

執筆者プロフィール:

筆者の白石寛明の顔写真

放射能への対応をみていると環境リスクをという概念が広く国民に認知されてきたと感じていますが、安全と安心の確保ためにはリスクを正しく評価し正確に伝えることが必須であると再認識しています。

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