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2024年3月14日

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シナリオ分析によりモンゴルの草原の牧養力と放牧密度地域差を解明
-草原地域における気候変動適応計画策定への応用を可能に-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2024年3月14日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所

 

 国立環境研究所地域環境保全領域の王勤学らの研究チームは、モンゴル国内のソム注釈1レベルにおける統合的なモデルを用いたシナリオ分析を通じて、草原の牧養力注釈2および相対放牧密度注釈3の地域差を明らかにしました。この分析により、特に南部地域の牧養力の低下と中部大都市周辺における相対放牧密度の増加が目立ちました。本研究は、砂漠化の防止や草原退化の抑制、水資源の有効利用、家畜頭数の適正管理を含む、様々な適応措置を組み込んだスマート放牧システムが、草原の持続可能な利用と生物多様性の保護に極めて重要であることを示唆しています。高解像度データに基づく詳細な分析は、草原地域における気候変動適応計画策定への応用が期待されます。本研究の成果は、2024年2月25日付でELSEVIER社が発行する環境学の学術誌『Science of The Total Environment』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

草原は、地球上の陸地の31.5%、モンゴルでは国土の約80%を占め、食料生産、炭素固定、気候調節など、人間にとって不可欠な多くの機能を提供しています。しかし、これらの恩恵をもたらす草原の貴重な生態系は、気候変動や、過放牧、都市化といった人間活動の影響によって脅かされています。特に過放牧は、草原の生態系を破壊し、生物多様性を減少させ、砂漠化や草原の劣化を加速させる可能性があります。
過放牧を防ぐ上で重要なのは草原の持続可能な管理であり、その実現には気候変動と人間活動の草原に対する総合的な影響を把握することが欠かせません。そこで、国立環境研究所地域環境保全領域の王勤学らの研究チームは、モンゴルの草原を対象に、牧養力注釈2と過放牧の指標の一つである相対放牧密度注釈3に関する研究を行いました。ソム注釈1レベルでのシナリオ分析を用いて、これらの指標の地域差を明らかにし、草原の保全と持続可能な管理に向けた方策を提案することを目的としています。

2. 研究手法

本研究では、草原資源の最適化と生態系影響の最小化を図ることを目指し、モンゴルの草原の牧養力と相対放牧密度を深く理解するために、土壌特性、植生状態、水資源の利用可能性、気候条件、家畜生産性を組み合わせた統合的なモデルを開発しました。その具体的な計算手順には、飼料収量の推定、放牧率の評価、牧養力の算出、相対放牧密度の分析が含まれ、これらを基に草原管理のための科学的指標を提供します。モデルの精度についてはモンゴル政府が提供する気象や草原劣化に関する観測データを用いて検証を行い、検証後に複数の将来シナリオ分析にモデルを適用し、草原の持続可能な管理と保全のための実践的基盤を構築しました。

図1の画像
図1 統合的なモデルの構造および研究のフローチャット

3. 研究結果と考察

本研究では、統合モデルを用いて、2000年から2019年までのモンゴルの草原の牧養力と相対放牧密度を詳細に分析し、特に南部地域の牧養力低下と中部都市周辺の相対放牧密度の高さを明らかにしました。この分析を基に、「砂漠化の進行」、「草原劣化の進行」、「牧草地の利用可能性向上」などの将来シナリオにモデルを適用し、それぞれのシナリオが草原の牧養力および相対放牧密度に与える影響を評価しました。これらの分析は、草原の持続的な利用と生物多様性の保護には、砂漠化防止や草原劣化対策、水資源の有効活用、家畜頭数の適正管理などの適応策が必要であること、その実現には衛星データや地上センサーで牧草の生育を監視し、情報通信技術を利用して放牧密度や水資源を効率的に管理する「スマート放牧システム」の開発と導入が重要であることを強く示しました。このようなシナリオ分析のアプローチは、気候変動と人間活動を考慮した長期戦略を策定し、持続可能な資源管理と草原生態系の効果的な管理を推進する上で有用な手段として期待されます。

4. 今後の展望

今後の研究では、空間解像度の向上や観測データの精緻化を図ることで、モデルの信頼性および実用性を一層高め、地域社会での活用を目指します。特に、放牧シナリオの詳細な探索と感度分析を深化させることで、気候変動と人間活動の影響を考慮した長期戦略の策定に重点を置きます。このアプローチにより、地域コミュニティや政策立案者に対して、実践的な推奨策を提供し、草原生態系の持続可能な管理と保全への共同取り組みを促進します。これらの取り組みにより、草原生態系の有効な管理の推進、気候変動への柔軟な適応とその影響の軽減、生物多様性の保全、持続可能な開発に寄与することを期待しています。

5. 注釈

注釈1:ソムはモンゴルの地方行政区分の1つであり、日本の郡(複数市町村の集合)に相当する。 注釈2:草原が劣化することなく持続的に養うことができる家畜の最大数。気候条件、土地や土壌の特性、水源からの距離、家畜の牧草摂取量などから算出される。 注釈3:草原の牧養力に対する実際の家畜頭数の割合。牧草地の単位面積あたりの家畜頭数(実質放牧密度)を牧養力で割り算出する。この値が1以下なら牧養力に余裕がある状態、1を越えると牧養力の限界を上回る頭数が放牧されている過放牧の状態を示す。

6. 研究助成

本研究は、国立環境研究所の気候変動適応研究プログラムのサブプロジェクト2「気候変動影響評価手法の高度化に関する研究(プロジェクト番号:2125AA130、期間:2021-2025)」の支援により実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】Estimation of the Carrying Capacity and Relative Stocking Density of Mongolian grasslands under various adaptation scenarios 【著者】Qinxue Wang, Tomohiro Okadera, Tadanobu Nakayama, Ochirbat Batkhishig, Uudus Bayarsaikhan 【掲載誌】Science of The Total Environment 【URL】https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969723084024?via%3Dihub(外部サイトに接続します) 【DOI】https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2023.169772(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地域環境保全領域 主席研究員室
 主席研究員 王 勤学
地域環境保全領域 環境管理技術研究室
 主任研究員 岡寺 智大
 主幹研究員 中山 忠暢

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 
地域環境保全領域 主席研究員室
主席研究員 王 勤学

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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