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2023年7月14日

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気候変動対策が引き起こす新たな問題:貧困増加の可能性

(京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境問題研究会同時配付)

2023年7月14日(金)
京都大学
立命館大学
国立環境研究所
 

   パリ協定やグラスゴー気候合意下の長期気候目標、いわゆる「1.5℃目標」については既に社会でもよく知られています。今回、新たな視点からこの問題を見つめ直す重要な研究結果が発表されました。それは「気候変動緩和策が貧困を悪化させる可能性がある」というものです。京都大学藤森教授の率いる、京都大学、立命館大学、国立環境研究所の研究チームは、パリ協定に基づく将来の気候変動緩和シナリオを分析し、それらが貧困にどのように影響するかを調査しました。その結果、2030年と2050年で、気候緩和策をとらないベースラインケースと比べて気候変動緩和策を行ったケースではそれぞれ6,500万人、1,800万人の貧困人口を増加させる可能性があることが明らかになりました。この増加の原因は主に2つあります。一つは、『所得効果』で、これは気候変動対策によるマクロ経済的な損失が所得を減少させる効果を指します。もう一つは『価格効果』で、炭素税導入などによる食料価格上昇が家計に影響を及ぼす効果を指しますこれらの影響は地域により異なりますが、特にアジアとアフリカで大きな影響が見られました。
 それでは、貧困を増加させる可能性がある気候変動緩和策を、どのように進めていくべきなのでしょうか。本論文では、社会全体でのエネルギー需要の抑制、カーボンプライシングに依存しない削減策、炭素税収の再分配の工夫等を提案しています。また、一部の開発途上国について排出削減を減免することも一つの選択肢として挙げています。これらの研究結果から、1.5℃目標を達成するような排出削減策が必ずしも全ての人々にとって良い結果をもたらさない可能性があることが明らかになりました。気候変動対策を進めると同時に、その副作用をどう軽減するかも重要な課題となるということです。引き続き議論と研究が求められています。また、今回の研究では気候変動影響による貧困の増減は扱いませんでしたが、それらを考慮した研究も今後必要になると思われます。本研究は7月7日に、国際研究雑誌『Sustainability Science』で発表されました。

 

1.背景

 パリ協定は、気候変動に対する国際的な対策として、地球全体の平均気温の上昇を2℃未満、なるべく1.5℃未満に抑えることを目指しています。OECD非加盟国が温室効果ガスの排出の72%を占めており、こうした国々でも炭素排出量を減らす動きが急速に進んでいます。一方、気候変動対策が貧困にどのような影響を及ぼすかについては、依然として明確な結論が出ていません。また、貧困層が対策の負担を不当に負う形になる恐れも指摘されています。本論文では、数値モデルを用いて世界各地の貧困に対する気候変動対策の影響を評価しました。そして、気候変動対策の副作用である貧困増加を防ぐ手段についても議論しました。

2.研究手法・成果

 本研究では、エネルギー、土地利用、経済、家庭消費行動を総合的に考慮した統合評価モデルというシミュレーションモデル「AIM(Asia-Pacific Integrated Model)」を使用しました。このモデルは、将来の人口やGDP、エネルギー技術の進展度合い、再生可能エネルギーの費用、食料の選好、土地利用政策など様々な温室効果ガス(GHG)排出に関連する社会経済条件を入力して、エネルギー消費量、二酸化炭素排出量、土地利用、GHG排出削減に伴う経済影響、そして貧困人口を出力するモデルです。
 モデルシミュレーションから見えてきたのは、気候変動対策が貧困人口の増加につながるという結果でした。具体的には、気候変動対策を強化する2℃シナリオでは、2030年と2050年に気候変動対策をしない場合(ベースラインシナリオ)と比較して、貧困人口がそれぞれ6,500万人と1,800万人増加すると予測されました。さらに強い対策を行う1.5℃シナリオでも同様の傾向が見られました。
 この増加の背後には、「所得効果」と「価格効果」の2つが関与しています。所得効果とは、気候変動対策によるマクロ経済的な損失が所得を減少させる効果を指し、マクロ経済的な損失は脱炭素化のために高効率の機器の導入や化石燃料以外のエネルギー源の生産のためにエネルギー投資が追加的に必要なことにより生じます。価格効果とは、炭素税などによる価格変化が家計に影響を及ぼす効果を指し、GHG排出に直接関係するエネルギーや食料を中心に価格が上昇します。
 さらに本論文では、気候変動対策が貧困増加を招く可能性を示しつつ、エネルギー需要の抑制、炭素税の導入議論、低所得者への炭素税免除や税収の再分配、開発途上国の排出削減免除など、その副作用を軽減するための対策を提案しています。これらの対策を適切に行えば、気候変動緩和と貧困の削減の双方を実現する可能性があることを示しています。

3.波及効果、今後の予定

 本研究は気候変動対策と貧困の関連性を示し、対策が貧困人口の増加につながる可能性を明らかにしました。それでもなお、気候変動対策が急務であることに変わりはありません。一方で、その過程で貧困増加を避けるための政策設計が必要とされています。この点を明確にしたことが、本研究の大きな成果と言えるでしょう。
 今回の研究では、気候緩和策の負の側面の中で、貧困人口のみに焦点を当てて検討しました。しかし、途上国には貧困以外にも、保健、水資源、自然環境保全などの開発に関わる多様な問題が山積しており、気候緩和策がそれらの各開発問題に及ぼす影響の正確な把握と、複数の問題の同時解決に向けた政策提言は緊急性の高い重要な課題と考えています。
 また今回の研究では気候変動影響による貧困の増減は扱いませんでしたがそれを考慮した研究も今後必要になると思われます。気候変動影響は貧困にネガティブな影響を及ぼすと考えられ、1. 5℃と2℃の気候安定化でその程度がどの程度変わるかなどの解析も今後求められると思われます。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は独立行政法人環境再生保全機構環境研究総合推進費課題2-2002(世界を対象としたネットゼロ排出達成のための気候緩和策及び持続可能な開発)、1-2101(世界全域を対象とした技術・経済・社会的な実現可能性を考慮した脱炭素社会への道筋に関する研究)、科研費23H01537(世界モデルを用いた脱炭素と貧困・飢餓・エネルギー貧困撲滅の同時達成の可能性の検討)、公益財団法人住友電工グループ社会貢献基金の支援を受けて実施されました。

<用語解説>

カーボンプライシング;化石燃料の炭素などに価格をつけて、排出を抑制するための政策的な手法です。炭素税はその中でも最もよく議論されています。
貧困人口;ある一定の消費水準以下で暮らす人を指します。世界銀行ではいくつかの基準で貧困下にある人を絶対的な貧困として定義していますが、その最も低い水準が1日1.95$で、本研究でもそれを採用しました。

<研究者のコメント>

貧困や飢餓といった開発問題は、SDGsの中でも最も重要といっても過言ではない項目と思われます。脱炭素、温暖化対策は今や社会の中で当たり前のように語られ、企業・国といった主体を問わず大きく行動を変えつつあるように見えますが、同時に貧困問題を緩和するためには、現状の評価から発展した施策・政策が多角的な視点から模索されるべきで、社会全体での対応が求められます。意図しない形で脆弱な人々やシステムに悪影響がかかりうるということはモデル研究でないとなかなかわからないことが多く、その意味でも我々の研究チームは今後もこういった科学的知見を社会へ向けて発信していきたいと思っています。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Potential side effects of climate change mitigation on poverty and countermeasures (気候変動対策が貧困にもたらす影響とそれに対する対応策) 著  者:Shinichiro Fujimori, Tomoko Hasegawa, Ken Oshiro, Shiya Zhao, Katsuya Sasaki, Junya Takakura, Kiyoshi Takahashi 掲 載 誌 :Sustainability Science D O I:https://doi.org/10.1007/s11625-023-01369-2

<研究に関するお問い合わせ先>

藤森 真一郎(ふじもり しんいちろう)
京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻 大気熱環境工学分野 教授

<報道に関するお問い合わせ先>

京都大学 渉外部広報課国際広報室
comms(末尾に”@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

立命館大学広報課
r-koho(末尾に”@st.ritsumei.ac.jp”をつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

<参考図表>

図の画像

図 本成果の主要な結果。左上は世界全体のシナリオ別のCO2排出量で赤の一番下が現在の国際的な目標である1.5℃目標に相当。右上は貧困人口を表し、緩和策をとるシナリオで若干の貧困人口の増加がみられる。下図はその貧困人口の増加要因を割合で表したもので、所得減少と価格上昇の影響が1.5℃目標では主要な要因であることがわかる

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