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2012年2月29日

震災による環境影響と環境研究の貢献

【巻頭言】

徳田 博保

 この原稿を書いている時点で東日本大震災から9ヶ月が経っていますが、依然として様々な課題が山積しています。あらためて、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 震災の際、私自身は職場のある霞ヶ関の合同庁舎に戻るべく、数十メートル手前を歩いていましたが、あたり一体が大きく揺れ、26階建ての庁舎からも職員が続々と外に退避してきました。数時間後に庁舎に入ることが許され、職場にたどり着いたときには、既に同僚の一人が自衛隊機で仙台に向かっていました。当時、環境省で廃棄物行政を担当しており、大きな災害が起きると職員を派遣し、廃棄物処理に必要な支援を行うことになっていましたが、この時を境に、東日本大震災により発生した大量の廃棄物の処理が最大の課題となり、他の業務にはほとんど手が回らない状態になりました。

 東日本大震災によって発生した災害廃棄物は、各県で1年間に発生する都市ゴミと比べて、岩手県で11年分、宮城県で19年分と言われています。阪神淡路大震災の際よりも量的に上回っているだけでなく、津波による影響で、塩分濃度が高かったり、種類が多様で散在していたり、さらに海底のヘドロなどが混じったりしています。こうしたことに起因する廃棄物処理の物理的な困難さに加え、もともとあった場所から遠く離れたところに流されたものなどの所有権の帰属の問題もあります。さらに今回の震災廃棄物の処理を一層困難にさせているのが、福島第一原子力発電所事故による放射性物質汚染です。原子力発電所敷地外の放射性物質汚染は想定されてきておらず、科学的知見が不足している分野です。

 行政機関がこうした問題に取り組むにあたり、研究者の知見は欠かすことができません。あたり一面の廃棄物を目前にして、どう処理していいのか現場の自治体が戸惑う中、国立環境研究所からも多くの研究者が現地入りしてアドバイスを行ってきています。また、国は研究者の知見を活用しながら、基準やガイドラインを制定してきました。放射性物質により汚染された廃棄物や土壌については、ダイオキシン問題をはじめとし、数多くの課題に取り組み研究成果を挙げてきた専門家達が、これまでに培った知見を元に効果的な処理方法について研究を進めています。

 震災による環境影響は廃棄物問題だけではありません。たとえば、一旦環境中に排出された放射性物質は、セシウム137の半減期が30年であることなどから、なかなかなくなりません。思わぬところで高濃度汚染が判明したという報道がありますが、放射性物質がどのように大気中や水中を拡散し、土壌、森林等の他の環境媒体に移動し、その結果、人や生物にどれだけ取り込まれることになるのかを調べることも必要です。それが分かれば、長期にわたる除染をできるだけ効率的に行う方法も見出すことができるはずです。

 このほかにも、腐敗した魚介類の悪臭とそれらに群がる害虫の問題や、建築物に使用されていたアスベストの処理など、緊急に解明・実施すべきものは数多く、既に対策が講じられてきていますが、そういったもののみならず、今回の教訓を活かすことにつながる研究も重要です。たとえば今回の経験を整理・解析し、迅速・安全に災害廃棄物を処理したり汚染物質による環境影響を最小限化するにはどうしたらよいのか研究し、来るべき大震災に備えることも大切です。また、世界中で震災にとどまらず、タイの大洪水のような災害に見舞われる危険が常にある中で、様々な種類の災害が起きたときに、その環境影響を最小限に抑えることができるような地域開発・管理のあり方等についての研究も、将来の世代にわたり安全で安心な社会を築いていく上で重要です。さらに、こうした研究の成果を世界に発信していくことなども含め、今後の環境研究には極めて多くのことが期待されているように思います。

(とくだ ひろやす、企画部長)

執筆者プロフィール:

徳田 博保

つくばでの単身赴任生活にも慣れてきました。高層階の宿舎は震災の影響を受けひびだらけですが、澄み渡った青空の下で遙か彼方の地平線を堪能しています。

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