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ラット脾臓の糖脂質の構造研究

経常研究の紹介

野原 恵子

 大気汚染物質の免疫系への影響研究では,免疫系の細胞群を識別する「マーカー」が力を発揮するが,糖脂質はその有力な候補となる物質である。動物細胞膜の構成成分である糖脂質には,糖鎖構造が異なる多くの種類が存在しており,それらが動物や細胞の種類によって,また各細胞の分化や成熟の段階によって,固有の組成で細胞表面に表現されることが明らかにされている。例えば,リンパ球のB細胞系とT細胞系では糖脂質のパターンが大きく異なることや,T細胞でも成熟したものと未成熟なものでは異なった特徴的な糖脂質が存在することが報告されている。またリンパ球の増殖や機能の調節においても,糖脂質は重要な役割を果たすことが示唆されている。これまでラットの細胞表面マーカーについては、マウスやヒトのものに比べて研究が遅れていた。そこでラットの免疫細胞マーカーを明らかにすることを目的として、免疫細胞の貯蔵臓器である脾臓から糖脂質を単離し,構造研究を行っている。

 まずラットの脾臓を大量に集め,そこからこれまでにシアル酸を1分子含む(モノシアロ)糖脂質を14種類単離し,それらの構造を組成分析,メチル化分析,酵素水解,プロトンNMRなどの方法によって決定した。その結果,2種類は図に示すような構造を持つ新しい糖脂質であることが明らかとなった。ネガティブイオンFABマススペクトルから,その分子量が2,008と2,170であることも確認された。これらは既知のGM1という糖脂質にNーアセチルラクトサミンが結合したものと,それにさらにαガラクトースが結合した構造をもち,いずれもGM1とラクトサミンの構造を含む新しい糖脂質であることから,ラクトサミニルGM1グループと名付けた。この他に,GM1にNーアセチルラクトサミンが2個結合し,末端にαガラクトースが結合した,ラクトサミニルGM1グループの糖脂質と思われるものが見つかっており,これについては現在単離を進めている。ラクトサミニルGM1グループは他の組織や赤血球では見つかっていないことから,免疫細胞のマーカーとして大いに期待がもたれる物質である。また他の1種類は,ラットに発がん物質を投与した時にできる肝がんに特異的に出現する糖脂質(αガラクトシル,フコシル-GM1)と極めて似た構造をしており,そのシアル酸が水酸化を受けたものであることが明らかとなった。細胞のがん化に伴って糖脂質組成が変化することはよく知られており,近年,がん細胞は免疫監視系を逃れるために免疫細胞と同じ糖脂質を表現するという仮説が出されている。今回脾臓でみつかった糖脂質は肝がん細胞に出現するものと密接な関係を持ち,免疫系の重要な糖脂質であることが予想された。

 ラットの脾臓には,構造未知の糖脂質がまだ何種類か存在することを見出している。さらにその構造を明らかにするとともに,それらが分布する細胞群を同定し,これらの糖脂質をマーカーとして免疫細胞群の変動を解析する系を確立していきたいと考えている。

(のはら けいこ,環境生理部環境生理研究室)

図  ラット脾臓から単離された新しい糖脂質(ラクトサミニルGM1グループ)の構造