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クロスメディア汚染のリスク評価と管理

環境リスクシリーズ(5)

中杉 修身

 有害化学物質の環境汚染に伴うリスクの管理が人の健康や生態系の破壊を防止する上で重要な課題となっているが,従来の環境汚染とは異なる特性がその対応を困難なものとしている。一つには,多様な物質により環境が汚染されるため,複数の汚染物質に同時に暴露されることであり,もう一つは,大気,表流水,土壌,地下水など,複数の環境媒体が汚染されるため,様々な経路を通じて暴露されることである。

 都市大気の吸入によるトリクロロエチレンなどの暴露のリスクは,汚染地下水の摂取によるリスクと比べても小さくないとされているが,都市大気からは発がん物質であるベンゼンも高濃度で検出されている。米国環境保護庁の提案している発がん係数に基づいて発がんリスクを算定すると,わが国の都市大気中のベンゼンによる発がんリスクは大気経由のトリクロロエチレンによる発がんリスクよりも高いと算定される。

 複数の有害化学物質の同時暴露による複合影響は明らかではないが,わが国では環境庁が実施している化学物質環境安全性総点検調査によってこれまでに220あまりの化学物質が一般環境中から検出されており,環境汚染に伴う総合的リスクは個々の物質ごとのリスクよりもはるかに大きなものとなると考えられる。

 一方,トリクロロエチレンなどの揮発性有機塩素化合物は,地下水のみならず,大気,表流水や土壌からも高濃度で検出されている。このようなクロスメディア汚染では様々な経路から有害化学物質が暴露されるが,その中でも呼吸と食料や飲料水の摂取が主要な経路と考えられる。大気汚染が呼吸を通じて,表流水や地下水汚染が飲料水や食料を通じて,土壌汚染が食料を通じて人や生物に暴露されることになるが,大気,表流水,地下水などの特性や暴露経路に応じて,それに伴うリスクは異なる特性を持つことになる。とくに,対称的な大気と地下水汚染を比較すると,その特性が明らかとなる。

 大気汚染は労働環境などを除いて,環境中では極端に高濃度の汚染は見られないが,汚染物質の拡散が容易なため,汚染が広い範囲に広がる。トリクロロエチレンを例にとると,排気口付近でも数百ppb程度の汚染であるが,特定の発生源の影響を受けない都市大気でも一般的に数ppbが検出されている。地下水汚染は汚染の広がりが比較的狭い範囲に限られるが,中心部では極端に高い濃度の汚染が観測される。昭和57年度の環境庁調査では,0.5ppb以上が検出されたのは28%に過ぎないが,最高では数十ppmと高濃度の汚染が見られる。一方,リスクの対応策からみると,地下水汚染は代替水を利用するあるいは浄化してから利用するなど,利用に際して暴露を軽減することが可能であり,費用をかければ浄化することも可能であるが,大気汚染からの暴露は吸入時に防ぐことができず,また,汚染された大気を積極的に浄化することは実質上不可能であるため,汚染を未然に防止することが不可欠となる。

 また,大気汚染は長寿命のフロン類などを除いて,汚染物質の侵入を停止すれば,比較的速やかに濃度が低下するのに対し,地下水は動きが遅いことから,汚染物質の侵入を防いでも汚染が長期間継続し,長期暴露が問題となる慢性影響が懸念されることになる。

 このような汚染の特性からリスクを考えて見ると,地下水汚染の場合は高濃度の汚染水を利用している人の個人的リスクは高いものの,汚染の広がりは狭いため,地域住民の集団としてのリスクはあまり高くない。一方,大気汚染の場合は個人的なリスクは極端に高くないものの,集団としてのリスクは相対的に大きくなるものと考えられる。

 このような有害化学物質のクロスメディア汚染のリスクを管理していくためには,従来の規制のように環境媒体ごと,汚染物質ごとに対応していたのでは,リスクを適切に防止することはできず,総合的な有害化学物質の管理が必要となる。

 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律による製造・使用などの禁止や制限は,この考え方に基づき事前にリスクを管理しようとするものであるが,この法律の下で許可された化学物質の使用に伴うリスクも適正に管理していくことが必要となる。

 このためには,地域における有害化学物質汚染によるリスクの総合的な評価に基づく地域化学物質管理計画が有効な手段となろう(図参照)。この中では,様々な人間活動によるクロスメディア汚染からの暴露によるリスクを適正に評価し,フィージィビリティー(実施可能性)や費用などを検討することにより,効率よくリスクを管理できる対策を選定・実施していくことが必要となる。すなわち,リスクへの寄与率が高いところから順次対策を検討し,実施可能な対策を選択していくことにより,地域における有害化学物質汚染のリスクを一定レベル以下に抑制する。

 このような地域における有害化学物質の総合的な管理を実現していくためには,化学物質の環境挙動を予測する精度の高いモデルの開発,リスクを総合的に評価できる指標とその計測方法の開発,リスクに係わる化学物質情報の整備など,多くの研究課題が残されている。

(なかすぎ おさみ,総合解析部資源循環研究室長)