ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2023年4月27日

国環研とトヨタ中央研究所のロゴ
気候予測データを機械学習により詳細化する技術の開発に成功

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2023年4月27日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
株式会社豊田中央研究所
 

 豊田中央研究所と国立環境研究所の研究チームは、機械学習を用いて気候予測情報を詳細化するダウンスケーリング手法を開発しました。これにより、地球規模の解像度の粗い予測情報から、50倍の解像度をもつ詳細情報を得ることが可能となりました。研究チームは実データによる検証により、気温や降水量の局所的な統計量に加えて、離れた地点間の気候現象の関係を高速かつ詳細に予測できることを示しました。本研究は、空間的な広がりを考慮した気候変動の影響評価への活用が期待されます。
 本研究の成果は、2023年4月25日付でネイチャー・パブリッシング・グループの英総合科学誌『Scientific Reports』(オンライン)に掲載されました。

発表のポイント

●地球規模の気候シミュレーションから出力される1ピクセル100km四方程度の低解像度データから、1ピクセル2km四方程度の高解像度データを得ることが可能な、50倍の詳細化を実現する機械学習によるダウンスケーリング手法を開発した。 ●観測に基づくデータとの比較により、地点毎の統計量だけではなく、離れた地点間で生じる気候現象の時間変化の相関関係を、従来に比べ3倍以上の精度で得られることを示した。 ●本技術は、地球温暖化による気候変動が、交通インフラや再生可能エネルギーなど空間的広がりを持つネットワーク構築に及ぼす影響を正しく評価するために重要である。

1. 研究の背景

近年の急激な地球温暖化は、人類の社会経済活動によるものであると指摘されています。今後の気候変動を最小限に抑えるための施策と、避けられない気候変動への適応策を講じるために、将来の気候を正確かつ長期にわたり予測することが重要です。将来予測は気候のシステムをモデル化した方程式に基づく数値シミュレーションにより得られます。

地球上のあらゆる地域の気候情報は、大気や海洋の地球規模での循環を通して相互に影響しあっているため、正確な予測のためには地球システム全体を考慮に入れた全球気候モデルが必要で、数値シミュレーションのための計算負荷は膨大になります。そのため、得られる気候情報は、現代のスーパーコンピューターをもってしても100km四方程度の粗い空間解像度のものが多い状況です。一方で、政策決定や経営判断などの意思決定のためには、少なくとも数km四方程度の解像度を持つ気候情報が必要とされています。全球気候モデルで得られる情報との空間解像度のギャップは実に数十倍にのぼります(図1)。

このギャップを埋めるために、ダウンスケーリングと呼ばれる粗い解像度の気候予測情報から詳細化した気候情報を得るための手法が研究されてきました。その中で、統計的ダウンスケーリング(注1)と呼ばれる手法は、比較的低い計算負荷で詳細な気候情報が得られるため、多くの予測情報の詳細化に用いられてきました。しかし、従来の統計的ダウンスケーリングで用いられているような単純な補間と各地点における統計処理では、各地点の統計情報はよく再現できるものの、空間的に離れた地点の気候現象の相関関係(例えば、ある地点が雨であったとき、離れた別の地点でも雨かどうか)を再現することは難しい、という課題がありました。これは交通インフラや再生可能エネルギーネットワークのような複数地点にまたがるシステムに関する意思決定を行う際には問題となりえます。

2. 研究内容

今回、豊田中央研究所と国立環境研究所の研究チームは、気候情報の空間的な相関関係を精度良く再現する機械学習を用いた統計的ダウンスケーリング法を新たに開発しました(図1)。計算速度を損なわずに推定精度を大きく向上させることに成功し、従来の統計的手法では表現できなかった離れた地点間の気候情報の相関を正確に表現できるようになりました。

図1の画像

物理情報を援用した機械学習法:πSRGAN

人間の目で見て自然な画像を生成する機械学習的手法の一つに、敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks:GAN)(注2)と呼ばれる手法があります。この手法は低解像度画像の詳細化にも応用され、Super-resolution Generative Adversarial Networks(SRGAN)と呼ばれています。本研究では、このSRGANを気候情報のダウンスケーリングに応用し、気温・降水量の低解像度情報を50倍の解像度、すなわち100km四方程度の1ピクセルの情報から、2km四方程度の2500ピクセルの情報に詳細化する手法を開発しました(図1)。気温と降水量をダウンスケーリングする際に、気候学的に相関が高いと考えられる海面校正気圧や地形といった補助情報を効果的に機械学習システムに組み込むことにより、精度の向上を確認しました。物理的な補助情報を活用しているという意味で、この提案手法をPhysics-Informed Super-Resolution Generative Adversarial Networks(以下「πSRGAN」という。)と名付けました。

観測データによる性能検証

本研究では、観測結果に基づく実データを用いて開発手法の予測精度を検証しました。具体的には、気象庁55年長期再解析データ(JRA-55)を低解像度情報とし、農研機構メッシュ農業気象データを高解像度情報としたデータの組を用いました。1980年から2018年のデータの組のうち、1980年から2000年のデータの組を学習に使い、2001年から2018年のデータの組を使って性能を比較しました。つまり、2000年時点で入手可能な観測結果に基づく高解像度データを教師データとして学習し、それ以降は低解像度情報のみから高解像度の気象情報を予測したことに相当します。比較対象として、現在でも広く用いられている代表的な統計的ダウンスケーリング手法のひとつである、累積密度関数に基づく手法(CDF法)(注3)による計算も行いました。

図2

検証の結果

気温と降水量のダウンスケーリング結果を図2に示します。粗い低解像度の気候予測情報から、複雑な気温と降水量の空間分布がよく復元されていることがわかります。降水量の確率分布などの統計量を比較しても、現在実用化されているCDF法と同等の精度が得られることを確認しました。
CDF法は地点別には統計量を精度よく再現するものの、離れた地点間の気候情報の時間変化が実際より強く関係づけられてしまう(例えば、ある地点が雨であったとき、現実よりも離れた地点でも雨と判定しやすい。)という問題が指摘されていました。図3は、πSRGANでこの問題が解消されるかを検証した結果です。新潟を基準地点として、各地点との降水量の相関の強さを示す量の分布を示しています。CDF法では相関の強さが新潟から離れるに従って単調に減少しているのに対し、πSRGANでは観測データがもつ非単調で複雑な空間分布パターンがよく再現できています。観測との誤差を比較すると、精度向上は3倍以上になります。

図3
図3:新潟と各地点との1月の降水量の関係の強さを示す相関係数の分布。値が大きいほど関係が強いことを示す。右は観測データとの平均二乗誤差。

3. 今後の展望

今回のケーススタディでは、1980年から2000年のデータをもとに学習した機械学習システムを用いて、2001年から2018年の低解像度データを詳細化し、精度のよい予測結果を確認しました。実データとの比較結果は、少なくとも数十年程度の中長期将来気候予測に対して高い信頼性を持つことを示しており、政策決定や経営判断のために有用な情報を提供できることが期待されます。特に、離れた地点の気象現象の相関を再現できることが特徴であることから、交通インフラや再生可能エネルギーのように、空間的に広がりを持つネットワークの構築を計画する際に役立つことが期待されます。また、ゲリラ豪雨や熱波といった極端現象の再現精度をさらに向上できれば、災害リスク低減のための施策につながる情報が得られる可能性があります。

4. 注釈

注1: 統計的ダウンスケーリング法

過去の気象観測データと、対応する期間を対象とした気候モデルから得られたデータとを比較して、それらの間の統計的な関係を将来予測データに当てはめることにより、高い解像度の情報を得る手法の総称です。これに対して、対象地域を高解像度に表す領域気候モデルを用いて再度数値シミュレーションする力学的ダウンスケーリング法と呼ばれる手法があります。統計的ダウンスケーリングに比べて、様々な気候学的な現象を精度よく再現できるかわりに、計算負荷が極めて大きいという課題があります。

注2: 敵対的生成ネットワーク(GAN)

この手法では生成器・識別器と呼ばれる2つのニューラルネットワークを使うことで、単一のニューラルネットワークからなる機械学習モデルとは質的に異なる現実的な画像の生成を実現します。生成器は画像を生成し、識別器はその生成された画像を受け取り、それが本物か機械学習により生成された偽物かを判断します。生成器は識別器をよりうまく欺けるように、識別器は画像の真贋をより正確に見分けられるように学習をすることで、最終的に生成器が出力する画像が現実的なものになることが知られています。

注3: 累積密度関数によるダウンスケーリング法(CDF法)

代表的な統計的ダウンスケーリング法のひとつです。気候モデルの計算結果を単純に細かく補間した上で、過去期間の気候モデル計算結果と対応する気象観測値の累積密度関数(Cumulative Distribution Function, CDF)が一致するように補正する方法です。将来予測データには、累積密度に応じたモデル誤差量が将来も同じという仮定の下、将来の気候予測計算結果を補正します。計算負荷が小さく、統計情報が高精度で再現できるため、実際の将来予測の場面で使用されています。一方で、地点ごとに補正関数が定められるため、異なる地点間の関係性の再現に課題があります。

5. 研究助成

本研究は、JST共創の場形成支援プログラム JPMJPF2013の支援を受けて実施されました。

6. 発表論文

【タイトル】Deep generative model super-resolves spatially correlated multiregional climate data
【著者】Norihiro Oyama, Noriko N. Ishizaki, Satoshi Koide, Hiroaki Yoshida
【掲載誌】Scientific Reports (2023)
【DOI】10.1038/s41598-023-32947-0(外部サイトに接続します)

7. 発表者

本プレスリリースの発表者は以下のとおりです。
大山 倫弘(豊田中央研究所)
石崎 紀子(国立環境研究所)
小出 智士(豊田中央研究所)
吉田 広顕(豊田中央研究所)

8. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
株式会社豊田中央研究所 数理工学研究領域
研究領域リーダ 吉田 広顕 (よしだ ひろあき)

国立環境研究所 気候変動影響評価研究室
主任研究員 石崎 紀子(いしざき のりこ)

【報道に関する問合せ】
株式会社豊田中央研究所
総合企画・推進部 広報室
お問合せ窓口:https://www.tytlabs.co.jp/contact/toiawase.html

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

関連新着情報

関連記事

関連研究者