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2019年6月28日

森林・河川・ダム湖における生物に取り込まれやすい放射性セシウムの動き

特集 河川流域における放射性セシウムの今後を予測する
【研究プログラムの紹介:「災害環境研究プログラム」から】

辻 英樹

はじめに

 国立環境研究所では、2012年から「放射性セシウムが森林やダム湖内のどこにどれだけたまっているか」に着目した調査を福島第一原子力発電所の北側地域(相双地域)を中心に展開してきました。(詳しくは、国立環境研究所ニュース32巻1号『放射性セシウムは森林域でどのように沈着し、どのように動いているのか』、34巻2号『ダム湖における放射性セシウムの挙動』をご覧ください。)この地域を流れる代表的な河川はいずれも流域上流の山林に多くの放射性セシウムが沈着し、原発事故後8年を経過した今でもその大部分がまだ山林に残っているため、今後もしばらくの間、放射性セシウムが河川から流出し続けることが予測されています。その濃度は国が定める飲料水基準(1kgあたり10ベクレル)の1/10未満であり、生活利用による被ばくの影響は非常に小さいと言えますが、一方でこの地域での川魚の出荷制限が長期化することや、農作物への放射性セシウム吸収抑制対策(カリウムの施肥など)を当面続けなければならないことが懸念されます。今回の原子力災害からの環境回復の見通しを立てるためには、実際に放射性セシウムが環境中でどのように移動・集積しているのかを明らかにしたうえで、その知見をもとに今後の予測シミュレーションを行っていくことが重要です。

 ところで、単に放射性セシウムといっても、環境中には生物に取り込まれやすい形態と、取り込まれにくい形態があります。セシウムは土壌に強く吸着される性質があるため、土壌中の放射性セシウムの多くは動植物の体には取り込まれません。一方、イオンやコロイドなどの水に溶けている形態(溶存態)、あるいは落ち葉や土壌中の放射性セシウムのうち水に溶け出しやすい化学結合で吸着している形態は生物に取り込まれやすいと言われており、このような放射性セシウムが自然環境中にどの程度の割合存在しているのか、そして雨が降ったときにどれほどの量が流出しているのかを明らかにすることが、生態系の放射能汚染を評価するために必要となります。

 そこで我々は、「生物に取り込まれやすい形態の放射性セシウム」に着目して、その移動・集積の実態を解明するための調査研究を2014年から開始しました。特に、放射性セシウムによる汚染規模が比較的大きい福島県南相馬市の太田川流域(図1)をターゲットとして、日本原子力研究開発機構・福島大学などとの研究機関と協力しながら、生物に取り込まれやすい放射性セシウムの動きの全容解明に向けた重点的な調査を進めています。本稿では、森林・河川・ダム湖における溶存態放射性セシウムの実態と移動について、最新の調査の成果を紹介したいと思います。

調査地点の写真と図
図1 調査地点
黒の斜線で示した領域(集水域)に降った雨が太田川の観測地点に到達します。この領域の99%を森林が占めています

1.森林での溶存態セシウム137の発生

 太田川上流部の森林では、雨水や水たまり、地下水に含まれる溶存態のセシウム137(放射性セシウムのうち、原発事故後環境中に最も残存している核種)を観測しました。まず木から滴ってくる雨水(林内雨)には、木の生えていない平原に降った雨(林外雨)に比べて明らかに高い濃度のセシウム137が含まれることがわかりました。また、雨が降ってできた水たまりに含まれる溶存態セシウム137も、河川水や林内雨に比べて濃度が高いことがわかりました。これは、樹木についている葉(樹冠)や落ち葉からセシウム137が溶け出たことが原因であることがわかりました。一方、地下水にはほとんどセシウム137が含まれていませんでした。すなわち、林内雨や水たまりに含まれるセシウム137のほとんどは地中に浸透する過程で土壌に吸着されたことを表しています。以上から、森林では葉が溶存態セシウム137の供給源、逆に土壌が吸収源としての役割を持つことがわかりました。したがって実際に雨が降った時に葉と水がどのように接触するかがわかれば、河川から流れ出る溶存態セシウム137の量を精度良く予測することが可能になります。このような予測システムを構築するために、現在では森林内で採取した落ち葉からセシウム137がどのような速さで溶け出るのかを明らかにする実験を進めています。

2.河川での溶存態セシウム137の動き

 太田川では河川の中に濁度計や水位計を設置して、水の流量や流れてくる土砂(懸濁物質)の量を連続的に観測するとともに、月に1回現地に行き、河川水中の懸濁物質(懸濁態)と溶存態のセシウム137濃度を観測しています。2014年5月から丸1年間観測を行った結果(図2)、1年間での全セシウム137流出量のうち約半分が、年に数回の大雨のときに流出した懸濁態のセシウム137であることがわかりました。一方で、溶存態セシウム137の流出量は期間全体での全流出量の30%を占め、決して無視できない量であることがわかりました。

流出水量のグラフ
図2 1年間の形態別セシウム137の流出量
黒線:太田川での流域面積あたりの流出水量(左軸)、水色線:日降水量(右軸上)、茶色・青色の塗りつぶし面:懸濁態・溶存態のセシウム137(137Cs)の積算流出量(右軸下)

 また、雨が降って河川が増水すると、河川水中の溶存態セシウム137濃度はやや上昇することがわかりました。一般的に河川水中のほとんどの化学物質は、雨水によって希釈されるため濃度が低下しますが、葉由来の成分であるカリウムや硝酸イオンなどは逆に濃度が上昇することがわかっています。したがって、河川水中の溶存態セシウム137濃度形成には、森林内での葉からの溶出の影響が大きいことが確かめられました。今後も河川モニタリングを継続することで、中~長期的なセシウム137濃度と流出量の推移を明らかにしていく予定です。

3.ダム湖での溶存態セシウム137の動き

 前述の森林集水域の下流にある横川ダムで、湖水中の溶存態のセシウム137濃度を測定しました。その結果、冬に比べて夏の方が湖全体で濃度が高く、特にダム湖中流部では夏の底層水での濃度が表層水に比べて高いことがわかりました(図3)。この原因の一つとして、特にダム中流部の湖底にたまりやすい、落ち葉由来の有機物を多く含む底質が微生物に分解されることによってセシウム137が溶け出しているのではないか、と考えました。そこで、ダム湖中流部の底質を円筒形パイプになるべく乱さないように詰めて持ち帰り、水温や水中酸素濃度をコントロールしながら静置することで、現地に近い環境のもとで底質から水にどの程度セシウム137が溶け出してくるのかを測定してみました。その結果、夏場のダム湖底層を想定した「水温が高く、水中酸素濃度が薄い」環境では冬場の「水温が低く、水中酸素濃度が高い」環境に比べてセシウム137が約2倍速く水中に溶け出ることがわかりました。また、湖水の水質の変化などによって今後溶け出る可能性のあるセシウム137が、底質の中にどの程度存在するのかを明らかにする実験も現在行っています。実際にダム湖の底質を大規模に除染することは困難ですので、現状の汚染状況が続く前提で、ダム放流水中のセシウム137濃度が今後どのように推移していくか、また今後水質環境の変化が起きたときに底質からのセシウム137溶出がどの程度増える可能性があるのか、などについて明らかにしていく予定です。

溶存態セシウム濃度のグラフ
図3 横川ダム湖水中の溶存態セシウム137(137Cs)濃度

おわりに

 以上のように、我々は生物に取り込まれやすい放射性セシウムの環境中での動きを解明することを目指して研究を行っていますが、将来的にはこれらの研究成果が水生生物・農作物への放射性セシウム移行予測へと発展していくことが期待されます。またそれと同時に、今後万が一同様な原子力災害が生じた際に、放射性物質に関してどのような環境測定が必要なのか、あるいは環境汚染の拡散を防ぐための有効な予防策はあるのか、といった議論へと展開していきたいと考えています。

 原発事故から8年を経過した現在までに、環境中の放射性セシウムの動きに関して多くの知見が明らかになりましたが、その全容解明のために残された課題はまだたくさんあります。今後は国内外の様々な研究機関・行政機関との連携をより一層強めながら、福島の被災地で現在起きていることを世界へ向けて発信し、さらに環境放射能研究の発展へ向けても貢献していきたいと思います。

(つじ ひでき、福島支部 環境影響評価研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者辻英樹の写真

首都圏にしか住んだことがなかった私ですが、福島に移り住んで早くも3年になりました。モノや情報が手に入りやすくなった現代において、豊かな自然や恵まれた職場・家庭環境に囲まれながら過ごす今の生活は、控えめに言って我が人生史上最高です。

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