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2013年4月30日

放射性セシウムは森林域にどのように沈着し、どのように動いているのか

特集 震災放射線研究
【放射性物質・災害環境研究の紹介】

林 誠二

はじめに

 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって飛散した大量の放射性セシウムは、森林率(県土面積に占める森林面積の割合)が高い、福島県や宮城県、群馬県等南東北ならびに北関東地方各県に大量に沈着したと推定されています(日本国土への総沈着量の90%以上)。放射性セシウムの森林への沈着状況や生態系内での挙動を明らかにすることは、森林周縁を生活圏とする住民の方たちの健康影響や森林の生物、生態系への影響を正確に評価し、今後、適切な除染を行っていくうえで、極めて重要な課題となっています。また、森林域が流出源となり下流水域に新たな汚染が生じる懸念もあることから、放射性セシウムの流出について実態を明らかにする必要も生じています。土壌環境研究室では、原発事故以前より茨城県筑波山に森林試験流域(面積67.5ha)を設け、森林生態系における窒素循環の解明を目的として、詳細な水・物質収支観測を行っていました。本研究では、このように観測体制が整備された試験流域を利用し、放射性セシウムの動態に関する調査にいち早く着手しました。それにより、森林域に放射性セシウムがどのように沈着し、それが生態系内でどう動いているのか、さらには、森林からどの程度流出しているのかを明らかにすることを試みてきました。以下に、調査の概要とこれまでに得られた調査結果について紹介いたします。

森林生態系への放射性セシウムの初期沈着と動態

 事故直後の大気降下物経由での土壌表面へのセシウム137初期沈着量に関しては、事故前の3月上旬に交換設置した採雨器(流域内の6地点)を4月下旬(事故47日後)に回収し測定したところ、流域平均で11.7kBq/m2と見積もられました。草地や展葉前の落葉広葉樹林地で採取した林外雨とスギやヒノキ林地内部で採取した林内雨、それぞれのセシウム137初期沈着量は、林外雨に比べて林内雨で小さく、雨水中に含まれている濃度も小さいことが確認されました。これにより、降下時に、スギやヒノキの樹冠部分への放射性セシウムの吸着や収着が生じたことが推察されました。

 さらに、事故後の経過調査として、初期沈着時の吸着ないしは収着や、根からの吸収によって汚染された樹冠部での放射性セシウムの動態を把握するため、上記の地点に降下する林内雨とリターフォール(樹木から地表に降下した落葉落枝:林内雨採取地点近傍にリタートラップを設置)の採取を、月1回の頻度で行っています。調査結果の一つとして、図1にスギ51年生林において林内雨およびリターフォールとして降下したセシウム137の累積沈着量の経月変化をそれぞれ示しました。事故後1年間での樹冠部から土壌表面へのセシウム137の移動量は、地表面への初期沈着量の6割程度となり、その大部分が樹冠への吸着分が降雨によって洗い出され、林内雨として移動したものでした。

図1
図1 スギ51年生林地表面への事故後1年間の林内雨とリターフォールによるセシウム137累積沈着量の経月変化

事故後1年間での土壌蓄積量の変化

 土壌への蓄積に関しては、事故から47日後と445日後に、それぞれ林内雨採取地点近傍において、コアサンプラーを用いて20cm深さまで不攪乱で採取した試料を、リター(落葉落枝)層を含む表層から2cmごとに切断し、それぞれの放射性セシウム濃度を測定しました。その結果、放射性セシウムは、事故直後のみならず1年を経過した後でも表層から6cm深までに全蓄積量の75~95%が存在し、鉛直下方へほとんど移動していないことが確認されました。また、各地点の事故47日後と同445日後、それぞれ10cm深さまでのセシウム137蓄積量を比較したところ、上述の樹冠からの林内雨やリターフォール経由の沈着に対応して、初期沈着時よりも土壌への蓄積量が増加していることが確認されました。

森林域からの流出特性

 森林からの放射性セシウムの流出割合や、上述の蓄積状況を鑑み、流出に対するリター等粒状態の有機物(POM:Particulate Organic Matter)の寄与等を明らかにすることを目的に、降雨流出時を中心に渓流水を採取し、様々な分析を行いました。

 まず、渓流水中のセシウム137濃度と渓流水量を計測した結果、試験流域からのセシウム137流出率は約0.3%と推定されました。渓流水は、水に溶けているもの(溶存態)及び溶けていないもの(浮遊性懸濁物質)に分けて分析しましたが、溶存態のセシウム137濃度は検出下限値(0.02Bq/L)未満であり、溶存態のセシウム137の年間流出率は0.1%に満たないことも分かりました。これらの値は、年単位で見た場合に森林からの放射性セシウムの流出が極めて限定的であることを示唆しています。一方で、森林からの浮遊性懸濁物質の流出量は、通常年間数回程度しか生じない大規模降雨流出に依存します。このため、森林土壌における蓄積量からすれば極めて限定的な流出であっても、下流水域生態系にとっては少なくないかもしれない放射性セシウムの短期的な流入によって、水域内でのホットスポットの形成や水生生物への移行が懸念されます。

 次に、浮遊性懸濁物質をサイズ別に3画分に分けて、セシウム137濃度と有機物含有量を分析しました。図2は、それぞれの画分について、有機物含有量に対する単位重量当たりのセシウム137含有量の関係性を示しています。最も小さい画分(63μm未満)では、有意な相関は見られませんでしたが、それより大きな2画分では有機物含有量の増加とセシウム含有量の増加に有意な正の相関が確認できました。前者は、腐植等の土壌有機物を多く含むものの、微細な無機粒子(シルト成分や粘土成分)が主なセシウムの吸着サイトとして作用しているのに対して、後者は無機粒子(主に砂成分)ではなく、主に分解過程にあるリターがセシウムの流出に直接寄与していることを示唆しています。森林から流出されたPOMは、下流水域で水生生物の餌として利用されることから、そこに吸着している放射性セシウムは、微細な無機粒子に吸着している場合に比べ、水生生物へ取り込まれやすいと考えられます。今後の取組として、POMを介した放射性セシウム流出量の定量評価と、POM摂食生物を源とする食物網を考慮した、水生生物の汚染実態に関する調査が必要であると考えています。

図2
図2 浮遊性土砂粒径(d)の画分毎に含まれるセシウム137濃度と有機物含有量の関係

おわりに

 東京電力福島第一原発事故によって広大な森林域に大量に沈着した放射性セシウムと今後どのように対峙していくのか、わたくしたちは、非常に困難な課題に直面しています。どこまでの範囲をどの程度まで行うのかといった除染の在り方を明確にし、実際に実施していく上でも、森林域における放射性セシウムの動態に関して、さらなる科学的知見の集積が不可欠となっています。このため、これまでの調査を踏まえて、今後一層精力的な取組が必要であると考えております。

(はやし せいじ、地域環境研究センター
          土壌環境研究室長)

執筆者プロフィール

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気が付けば40半ばとなりました。セシウム137の半減期の長さにうんざりする一方で、放射能汚染問題への関心が薄れる速さにやるせなさを感じつつ、自分の物忘れの激しさに唖然とする今日この頃です。

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