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都市大気汚染研究における可視化の役割り

プロジェクト研究の紹介

若松 伸司

 都市域における二酸化窒素汚染,光化学大気汚染,エアロゾル汚染などの二次生成大気汚染は反応と気象が複雑に絡み合って発生する。1990年度から3年間にわたり行われた「都市域における冬期を中心とした高濃度大気汚染の予測と制御に関する研究」においては,航空機を用いたフィールド観測やモデル計算により冬期においても二酸化窒素の生成には光化学反応の寄与が重要であるとの結果が得られている。一般に二次生成大気汚染物質濃度と,大気汚染原因物質との間には単純な比例関係が存在しないため,最適な発生源対策シナリオを検討するにあたっては,反応,拡散,移流,沈着を含む三次元予測モデルの利用が不可欠である。

 モデル計算を行うためには通常以下の各種条件の設定が行われる。

(1)発生源条件の設定;固定発生源,移動発生源から排出される一酸化窒素,二酸化窒素,二酸化硫黄,非メタン炭化水素成分,並びに植物起源の炭化水素等の発生量を計算メッシュ単位で時刻ごとに設定する。
(2)気象条件の設定;モデル対象地域における風向,風速,日射量,気温,混合層高度,拡散係数の三次元分布等を計算メッシュ単位で時刻ごとに設定する。
(3)計算条件の設定;化学反応式,移流・拡散方程式の解法スキーム,化学反応計算スキーム,物質ごとの沈着速度,初期計算条件,境界条件などの設定を行う。

 以上の条件の組み合わせそれぞれに対しての計算が行われることになる。最近の計算機性能の向上は著しいものがあり,計算スピードは格段に高まっている。その結果,天文学的な量の計算結果が出力される。通常の光化学大気汚染の計算ではガス状物質だけでも30種類以上の物質を対象としており計算メッシュは5km四方程度,水平方向には100kmのスケールは必要となるため,例えば高さ方向を20層に分割すると,1回の計算時間ステップでオーダーとして 30×20×20×20=240000個の計算結果が得られる。もしこの計算を6分に1回,24時間につき実施すれば1組の条件設定に対して 5.76×107個の結果が得られる。これらの計算結果を効率よく解析しなければならない。

 果たしてこの計算は正しい条件設定の下に行われたのか?

 大気汚染対策のための方法としてどのような発生源対策の組み合わせが最適なのか?

 どういった気象条件の時にどの地域に高濃度が発生するのか?

 などなどの問いに対する回答を総合的に引き出すためには計算結果の可視化が極めて有用である。図1には関東地域における光化学大気汚染予測計算結果の可視化の一例を示した。1981年7月16日には関東地域において高濃度の光化学大気汚染が出現した。この日の平均風速は2m/s程度と弱風であり,図2に示すように極めて複雑な気流場が構成されていた。この風系は関東地域23地点で当日行われた上層風観測結果に基づいている。この日は特に高いオキシダント濃度が関東南部地域において観測されたが,この汚染には海陸風などによる局地気流循環により形成される閉鎖系大気場における汚染物質の循環現象が大きく寄与していたことが図1,2から明らかである。夜間から早朝にかけて東京湾沿岸部及び東京首都圏地域において放出された大気汚染物質は,陸風によって海上に流出した後,海風によって内陸地域に輸送され,日中に放出された汚染物質とともに光化学反応を起こし高濃度のO3が発生した。日中には鹿島方面からの東系の風と,相模湾からの南系の風との間に風の収束域が形成されており,このため特に東京都以南の地域において高濃度が出現持続した。午後から夜間にかけては上空に高濃度の二次汚染物質が認められた。このような二次生成大気汚染物質濃度の立体分布を可視化によりダイナミックに把握することができる。

 計算結果の可視化の第一の意義は現象をより直接的に理解する助けとなることであるが,計算結果のチェックや発生源対策を検討するにあたっても極めて有用である。可視化により全体の傾向を把握し,詳細な解析は数値情報を使うのが最も合理的な利用方法であろう。今後この種の研究がワークステーション上で簡単に行うことができるようになれば都市大気汚染対策研究は格段に進展するものと思われる。

(わかまつ しんじ,地域環境研究グループ都市大気保全研究チーム総合研究官)

図1  関東地方における1981年7月16日16時5分の計算結果
図2  関東地方における1981年7月16日15時30分の風系の高さ分布