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湿原の環境変化に伴う生物群集の変遷と生態系の安定化維持機構に関する研究

プロジェクト研究の紹介

岩熊 敏夫

 湿原・湿地は、多様な環境を形成し、多種多様な生物が生息する場である。そして渡り鳥の中継地あるいは生息地として、地域・国を越えた重要な存在でもある。この湿原・湿地を国際的に保護・管理するために、1971年にラムサール条約が採択された。現在日本を含め世界70か国がこの条約の締約に加わっており、1993年には釧路で第5回の締約国会議が開催される。このほか湿原に関して各種の国際会議、シンポジウムが開催される予定で、湿原・湿地の保全の重要性に対する認識が国内外で高まってきている。また今年5月には生物多様性条約が採択され、生態系の多様性、生物種の多様性及び遺伝子の多様性の保護も国際的な関心事となっている。

 我が国では、尾瀬に代表される高層・低層湿原や平野部・河川等に発達した沼沢湿原が全国的に見られるが、農・工業用地開発、観光開発、都市化等により加速度的に消失しており、さらに湿原に特有の多くの生物種が絶滅を危惧されている。そのため湿原生態系の特性を把握し、湿原環境の変化を監視し、それに伴う生物群集の変動を早期に検知する手法を開発し、湿原の保全に資する知見を提供することが必要とされている。

 本特別研究は、平成3年度より5か年計画で開始された。ここでは湿原生態系及びその生物群集の変動特性を把握し、湿原生態系の安定化維持機構を明らかにすることを目的とし、以下の3つのサブテーマを設定して研究を行っている。

 初年度は、福島県の2つの高層湿原、南会津の宮床湿原(標高約850m、面積8ha)と猪苗代湖北西に位置する赤井谷地湿原(標高約525m、面積44ha)で調査を行った。

1.湿原の変遷とそのモニタリングに関する研究

 この課題ではまず種々の湿原調査手法の検討を行う。微環境の測定方法、土壌の採取方法、生物の定量法、トラップを用いて種子や花粉を採集し生物季節を把握する方法や、さらに湿原植物の成長測定法等を検討する。

 また湿原が踏みつけにより破壊されやすいことから、自動記録や写真等による非接触の調査法を検討していく必要がある。すでに連続撮影の簡易システムを開発し、植物の開花・成長・季節遷移を記録している。例えば池の植物がミツガシワ、ヒツジグサ、ヨシの順に成長・枯死していく様子がこれらの写真から分かる。今後は、現地調査により把握された湿原植生と比較しながら、地上写真・空中写真・衛星データ等による観測法の実用化を行っていく予定である。

2.湿原生態系の特性に関する研究

 この課題では、まず湿原における気象・地下水位等の物理環境要因の連続測定を行い、その変動特性を把握する。湿原の流入・流出水量、蒸発散量、熱収支を調べ、湿原の水のバランスがどのように保たれているかを明らかにする。

 同時に植生や動物、細菌、藻類等の個体数・現存量を調査し、湿原の生物群集構造と食物連鎖関係を明らかにする。花粉及び種子の分散に、花粉媒介昆虫や水路がどのようにかかわり、湿原植物群集が維持されているかも検討する。また生物の生産量と分解量を定量し、湿原内の物質循環機構、生態系の機能を明らかにしていく予定である。

 さらに湿原に生息する生物種の分類学的多様性と種の集団内の個体間の遺伝的差異や遺伝的多様性を明らかにしていく。同一の湿原内及び他の湿原との間で、湿原植物の遺伝的多様性を検討していく予定である。

3.湿原生物群集の変動要因に関する研究

 湿原の水循環は、周辺における土地利用・水利用と切り放して考えることができない。この課題では、開発等による水系の変化及びそれに伴う湿原生態系の変化を様々なレベルで比較する。湿原の中及び周辺に生育する植物がいつ頃分布してきたのかを、例えば湿原の乾燥化に伴いアカマツ等の樹種がいつ頃侵入してきたのかを、年輪解析等で明らかにする。一方で、乾燥や湿潤の条件の違いが、植物の発芽や成長に及ぼす影響を調べ、これらの生物の環境変化に対する適応性を明らかにしていく。

 また、この課題は本特別研究のまとめを兼ねている。湿原とそれをとりまく環境の過去からの変遷の実態を把握し、湿原環境の変動に伴う湿原の変遷の実態を把握していく。さらに環境変化に対応する湿原生態系の変遷過程と安定化維持機構を明らかにしていく予定である。

 この研究は所外の客員研究員の方々の協力のもとに進められている。また湿原は多くの場合、天然記念物や自然環境保全地域として国や県の指定を受けて保護の対象となっている。現地調査に際し、ご理解とご協力いただいている関連機関各位に感謝するとともに、より一層の皆様のご支援をお願いする次第である。

(いわくま としお、生物圏環境部生態機構研究室長)