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湾岸戦争に伴う環境破壊

プロジェクト研究の紹介

渡辺 正孝

 1991年1月19日頃、クウェート沖の原油積み出し施設から原油が流出し、キングファハド大学の試算では約400万バレルの原油が流出した。 1989年にアラスカでのタンカー事故で流出した原油の量は約26万バレルであり、今回の約1/20に過ぎない。ペルシャ湾のサウジアラビア、バーレーン、カタール沿岸は浅い入り江が続いており、マングローブ林やサンゴ礁があり、ジュゴン、イルカやウミガメ、鵜などの多くの野生生物が生息している。このため流出原油による野生生物の絶滅や漁業資源への影響が心配された。一方、イラク軍の放火によって炎上した油井は730本にものぼり、1日約250万バレルの原油が燃えた。これは日本の1日当たりの原油消費量の半分を超える量であり、1日当たり1万3千トンのばい煙、1万7千トンの硫黄酸化物、107万トンの二酸化炭素が出ていると推測された。このため、ペルシャ湾岸一帯の大気汚染による動植物への影響及び健康への影響が憂慮された。日本政府調査団が環境庁、外務省、通産省、農林水産省、運輸省で組織され、1991年3月8〜19日までのサウジアラビア、ダーラン、ジュベール、アブアリ島を中心とした現地調査や米国偵察機によるクウェート、イラク沿岸での被害状況調査を行うとともに、キングファハド石油鉱物資源大学、サウジアラビア気象環境庁、米国沿岸警備隊等との積極的な情報交換を行った。その結果、油井火災や原油流出による環境影響予測に関する科学的知見の供与を強く求められ、これを受けて地球環境研究総合推進費のもとで、ペルシャ湾での原油汚染が大気・海洋にどのような影響を与えたかを明らかにするために以下の研究を平成3年度よりスタートさせた。

(1)油井火災等の大気環境に及ぼす影響の評価に関する研究

 クウェート油井燃焼に伴うクウェート及びその周辺地域での大気汚染物質を調査し、人体影響などの観点から評価すること、及び燃焼排ガスなどの及ぶ範囲と気候変動も含めた大気汚染の影響を広範囲に評価する。

(1)油井火災等に伴う大気汚染が周辺地域に及ぼす影響の評価に関する研究
(2)湾岸油田火災によるばい煙のグローバル拡散と気温に及ぼす影響評価に関する研究

(2)原油流出等が海洋環境に及ぼす影響の評価に関する研究

 キングファハド石油鉱物資源大学との研究協力の一環としてホルムズ海峡からの潮汐流、チグリス・ユーフラテス川からの河川流入に基づく密度流、及び年間平均風速が7mの風に起因する吹送流を表現できる3次元モデルの開発を行う。また、海水流動に伴う物質分布について検討を行う。原油水溶性画分が海洋生態系の構成生物、特にアラビア湾の主要漁業生物であるクルマエビに及ぼす毒性及び生物濃縮の評価を行う。さらに溶存酸素収支を指標とした流出原油の海洋生態系への影響評価手法を開発し、その影響評価を行う。

(1)ペルシャ湾の海水流動解析に関する研究
(2)ペルシャ湾沿岸域における流動と物質移動過程に関する研究
(3)原油水溶性画分が海洋生態系の構成生物に及ぼす毒性の評価に関する研究
(4)酸素収支を指標とした海洋生態系への原油汚染の影響評価に関する研究
(5)衛星リモートセンシングによる沿岸生態系のモニタリングに関する研究

 以上の研究を推進するため国立環境研究所、気象研究所、海上保安庁水路部、中央水産研究所、養殖研究所がプロジェクトチームを構成している。油井火災は1年以内に鎮火し、また黒煙は上空2500m程度まで上昇したが成層圏に達することはなかった。このため地球規模での気候変動の可能性はなくなり、地域的な大気汚染に重点がおかれた。一方、海洋に流出した原油は最終的にはタールボールとなってペルシャ湾の中を漂流し続けることになり、長期間海洋生態系に影響を与えることが危惧されている。本プロジェクトは戦争に伴う環境破壊をテーマにした点に特色があり、戦争終結とともにプロジェクトの方向性を見直す必要があった。このため、平成4年度から大気環境への影響評価については継続せず、原油による海洋汚染に研究テーマを絞って行っている。平成4年4月にはキングファハド石油鉱物資源大学からDr.Barderを招き、研究成果の発表と共同研究の方向性についての検討を行った。サウジアラビアとの環境に関する交流は非軍事面での日本の果たすべき役割として重要な意味を持っていると思われる。

(わたなべ まさたか、水土壌圏環境部長)

図1  イラク・クウェート沖に撃沈されたタンカーと流出原油