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2020年9月29日

学際的なアプローチによる熱帯アジア都市における
水路のごみ問題解決への取り組み

Summary

近年、熱帯アジアのスコールは、大型化し、頻発しています。都市型水害が大きな社会問題となり、その原因が、排水能力の不足だけではなく、排水機能を果たせない水路の状態にあることがわかってきました。都市の複合的な代謝システムの正常化に向けて、様々な分野の研究者が一丸となって取り組んでいます。

調査地の特徴

 私たちの調査では、歴史上多くの浸水被害にあってきた熱帯アジアの都市として、タイのバンコクとベトナムのフエを選びました。バンコクは人口800万人を超える世界有数の大都市で経済的にも行政的にも問題を解決するための高いポテンシャルがあるものの、実際は廃棄物を含む環境改善や自然災害対応に関係する多くの問題を抱えています。フエはベトナムの旧都で、ベトナムの南北の要に位置する地政学的に重要な人口50万人弱の中規模都市です。都市の拡大にともなう重大な環境問題はそれほど顕在化していない一方で、大規模な風水害時には行政的な対応が遅れることもしばしばです。こうした都市の規模や対応能力、地理・文化的な多様性を考慮して異なるタイプの都市を選びました。

水路をふさぐごみ

 バンコクには、18世紀末に王宮が設置され、チャオプラヤ川とその支流に囲まれた島を中心に水路が発達して都市が拡大しました。水路は水上交通の要でもあり、氾濫を繰り返していたチャオプラヤ川の放水路でもあり、水上市場など人々の生活の場としても発展しました。史上最大規模の水害として有名なのは1942年あるいは2011年のもので、いずれも北部および東北部で大量に降った雨が南下してバンコクを襲いました。これは、想定を超えた水量の移動によって発生する災害といえます。一方、近年頻繁に発生する都市型水害はそれとは異なり、短時間の豪雨が水路の排水能力を超えて市街地が浸水するものです(コラム1参照)。浸水の発生と長期化の要因として、当初は、水路にある粗大ごみや水面に繁茂する水生植物などが指摘されていましたが、私たちの調査の結果、木材やプラスチック類の影響が大きいことが明らかとなりました(コラム3参照)。木材は建設廃棄物の不法投棄や水路沿いの住居の朽廃、プラスチック類は生活系廃棄物の投棄によるものと考えられます。

 フエはベトナムの旧都であり、王宮が建設された17世紀から、フォン川の水を引き入れて濠を形成し、城郭都市が完成しました。水路は城壁内外に張り巡らされた防衛線としての役割と、物流機能を兼ね備えています。過去にフエを襲った大水害の多くは、フォン川下流にあるタムジャンラグーンの増水・氾濫が逆流して地域一帯を浸水させたものでした。治水目的のダム建設により被害の軽減が期待されましたが、3つのダムが完成した後も毎年のように水害が発生しており、もともとラグーンの氾濫と同時に都市型水害が起こっていた可能性が指摘されています。河川に至る水路に入り込むごみは街路樹や観葉植物由来の落葉や枝などが多く、次いで、生活系廃棄物と考えられるプラスチック類の割合が高いことが示されました。

水位を上昇させるメカニズム

 水路に入り込んだいろいろなごみは、水の流れの変化や柵などの構造物との衝突によって様々な挙動を示します。数理モデルを用いて水路でのごみの動きを解析したところ、発泡スチロールのように体積の大半が水面上に浮かぶものは、目視では目立ちますが水路をほとんどふさがないことがわかりました。ペットボトルも水中では同じような挙動を示しますが、柵にぶつかると水流に沿って回転し、広い開口幅(約16cm)の柵をすり抜けやすくなります。すり抜けてしまうと、水路をふさぎませんが、そのまま下流に流れて、海洋に到達すると、いわゆる海洋プラスチックの排出源となるので、決して好ましいことではありません。木材はプラスチックに比べると水中に沈んでいる部位が多く、柵に引っかかるとそのまま水中に留まりやすく、水路をふさぐもっとも大きな要因となることがわかりました。その際の水路をふさぐ面積は、柵通過後の流速の低下率や水流のエネルギー損失と比例関係にあることが示されました。エネルギーの一部は摩擦で失われますが、残りは水路内水位の上昇という形で顕出することになります。バンコクのとある水路の実際のデータを使って検証したところ、1時間に60mmの豪雨の際に、水路柵の面積の50%相当がふさがれると、まったくふさがれていない時に比べて水位は40-50cm程度上昇し、水位が元通りに回復するのにも時間がかかることがわかりました。これは、降水前の水位や降水条件しだいでは、容易に水路から水が溢れ、都市型洪水の発生が想定される結果です。水位が全体的に高くなる雨季や、時間降水量の多い気象が予測される場合には、水路をふさぐごみを集中的に除去するなどの対策をとれば被害が軽減することが見込まれます。

ごみを水路に投棄する要因は

 バンコクの水路脇の住居やコミュニティは非常に入り組んでいるため、幹線道路からのごみ収集車のアプローチが困難なことがごみ収集のネックになっています。そのため、水路脇に集積場を設けて、ごみ収集ボートにより水路内からごみを収集するシステムとなっています。コミュニティでの聞き取り調査によると、8割以上の人がルールに則って集積場のボックスに生活ごみを出していますが、少数ながら水路に投棄する人もいるという実態が明らかになりました。こうした行動と関連する住民の意識として、環境保全への配慮や水路のごみがもたらす悪影響についての知識の有無が挙げられました。水路にごみを投棄する人は、悪意を持っているわけではなく、それがどのようにして水路の水位の上昇という形で自分たちの生活を脅かすことになるか、を単に知らないだけなのです。そこで、住民にわかりやすい形で正しいごみの捨て方を啓発することが水害防止に効果的だと考えられました。

 一方、フエでは、集積場のボックスと自宅前にごみを出すシステムが併用されていますが、6割以上の住民がどちらでもなく、収集の合図とともにごみを持って出て収集者に直接渡している実態がわかりました。これは都市の規模、公共サービスの安定性、生活スタイルにも関係しますが、いずれにしても、水路に生活ごみを直接投棄していると回答したのはごくわずかでした。水路に多い街路樹や庭木由来の落葉・小枝は、水路に直接落下するものの他、個人宅の掃除や公共の道路清掃の際に水路に捨てられていると考えられました。樹木ごみの行方に関する啓発や水路への侵入を防ぐ技術的な改善の必要性が示されたといえます。

研究成果の実践、社会実装に向けて

 調査研究を通じて、アジアの都市型水害の発生や被害拡大の一因に、水路がふさがれることがわかりました。その解決に向けてさまざまな取り組みが始まっています。ひとつは、行政部局の横断的な意思疎通・情報共有のための枠組み作りです。多くの行政部局は担当業務ごとの役割分担と管轄意識の強い、いわゆる「縦割り」といわれる状況に陥っています。水路の管理は下排水管理局、ごみの収集は環境部局、水路脇の住民コミュニティの対策は社会福祉部局、水路の修繕工事は建設局といったように、それぞれの部局で問題を認識していても、それを共有する機会はほとんどありませんでした。

 私たちは、水路の立ち入り調査や住民の聞き取り調査の行政許可を得る過程で、各部局がもつ情報を共有し、解決の道筋を探るための連絡会議の設置を提案し、活用してきました。住民にとっては、水路管理に関する行政への不満が一元化され、速やかな対策が図られるというメリットが生まれるなど、この連絡会議は行政サービスの改善に貢献しています。

 行政職員、特に技術職の能力開発という点では、実際に地元を所管する区や字レベルの担当者を対象に技術研修を実施しました。受講者の能力向上だけでなく、水路や水路脇住民の抱えるローカルな特性や課題についてお互いに知ることができるなど、貴重な意見交換の場となりました。住民向けの啓発という点では、「水路へのごみ投棄が水路をふさぐことにつながるので、浸水被害防止のためにもごみを正しく排出しましょう」、という内容のビデオクリップを作成し、行政の広報に活用してもらっています。

行政向けの政策提言の例の図
行政向けの政策提言の例
研究成果を踏まえてバンコクの行政担当者向けにまとめられた政策提言の一例です。つまりの原因となるごみを除去する水路清掃を特に雨季や豪雨予報時には頻繁に行うこと、水路脇の集落におけるごみ収集を住民とコミュニケーションをとりながら効果的に行うこと、水路脇の再開発事業において、建設廃棄物が不法投棄されないように指導することなど、政策の効果が具体的に伝わるように図を用いて提言しています。

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