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2018年4月27日

国際応用システム分析研究所での海外研修を通して

特集 アジアと世界の持続性に向けて
【調査研究日誌】

長谷川 知子

 私は二年間での予定で、2016年9月からオーストリア、ウィーン郊外のラクセンブルグにある国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis:IIASA)を訪れています。本稿ではIIASAでの研究の様子や体験をご紹介します。

海外派遣プロジェクト

 私は日本学術振興会の海外特別研究員として、IIASAの生態系サービス管理グループ(Environmental Services and Management:ESM)のペトレ・ハブリク博士に受け入れて頂き、彼のチームで2年間のプロジェクトを実施することになりました。IIASAは、1972年、東西冷戦下に政治的立場を離れ、成熟社会に共通する諸課題を研究するために設立された、非政府ベースの国際研究機関です。東西緊張の解消後には、地球規模の諸問題の解決に向けたシステム分析を中心とする研究を展開し、ノーベル賞受賞者を輩出するなど世界有数の国際研究機関として活躍しています。近年は、特に新興国の加盟に伴い、東西問題から南北問題(貧困、食糧、公平性など)などにも重点をおいています。そのなか、ハブリク博士は世界でも珍しい空間情報一体型の世界農業経済部分均衡モデル(Global Biosphere Management Model; GLOBIOM)を開発し、今も研究の現場で自らシミュレーションも行う、若きチームリーダーです。ESMの所属人数は約90名(2017年時点)というIIASA内最大のグループで、そのうちGLOBIOMに関わる人たちは約20名ほどです(写真1)。事前に数名とだけお会いしていたので、20名弱が裏でモデル開発や適用に携わっていることを知り、驚くとともに、このチームの数多くの成果と大規模で緻密なデータベースに納得がいきました。私は、この世界最先端の農業・土地利用に関するモデリング技術とデータベース、研究設計から遂行、論文執筆までの一連の研究にまつわるノウハウを学びにきました。

集合写真
写真1 ゼミ合宿にてGLOBIOMチームと
前列中央がパトレ・ハブリク博士

IIASAでの研究内容と研究環境

 IIASAは古いお城を改装してできた研究所で、裏には大きな公園があります。ESMはその公園の入り口に面するパークウィングという棟にあります。そこには、長い廊下に沿って、3~4人部屋が約10室並んでいて、そのうちの一つの机が私に与えられました。一年中すべてのドアは常に開放されていて、ハブリク博士は、毎朝、その廊下の端にある入り口から入り、各部屋に顔を出し、「おはよう、調子はどうだ?」、「あの件はどうなった?」というような挨拶をしながら、もう一つの端にある自分のオフィスに向かいます。そこで、研究員たちは簡単に進捗報告したり、議論したりしています。私もその機会を利用して、簡単な進捗報告をしたり、打合せの予約をしたりしています。また、ある時は「少し議論したいからキッチン(小さなテーブルがある給湯室)で話さないか」とコーヒー片手に議論することもしばしばあります。気軽にちょっとした相談や顔を見て話が簡単にできるよい習慣です。冬でもオフィスのドアを開放できるのは、中央管理型の暖房設備で廊下も暖かいためと思いますが。

 派遣開始してすぐにモデルのプログラムコードをもらうことができました。まずは主要なところだけを紙50枚程に印刷し、最初の1ヶ月ほどそれを読み込みました。プログラムの構成、バックグラウンドデータの準備とその読込み、モデル構造、シミュレーション方法、シナリオの条件の設定方法等を調べ、自分で表にまとめました。1年半ほどたちますが、今もその表を見ながらモデルを操作しています。

 モデル操作に慣れるために最初の研究テーマとして選んだのは、「どうしたら環境に負荷を与えることなく飢餓を減らすことができるか」という分析です。飢餓を減らすためには食料生産を増やすことが必要と考えられていますが、食料を生産する農業やそのための農地拡大は、肥料投入や水利用、森林伐採などを通して環境へ悪影響を及ぼすことがしばしばあります。持続可能な開発目標でも掲げられているように、飢餓を減らすことと同時に環境への負荷を減らすためには、どのような対策が必要かを明らかにすることにしました。それは、農業関連の市場や農業に由来する環境負荷を推計するGLOBIOMに私がもっていた飢餓リスク人口推計ツールを組合せることで、お互いの強みを融合させたテーマでもありました。最初の半年は、暫定的な結果を出しては、分析結果や今後の展開について議論を繰り返していました。半年ほどで論文執筆にも取りかかりました。最初の論文草稿ができた時には、「内容を少し盛り込みすぎたから絞ろう」となり、内容を半分に削るという大幅な変更もありましたが、そのおかげで、メッセージがはっきりとした原稿が出来上がりました。この研究を通じて、ハブリク博士から頂いた創造的で建設的なアドバイス、重要で面白い研究へと導く研究指導、さらに、丁寧な論文添削は本当に有難く、貴重な経験だったと思います。

 他のプロジェクトや研究にも参加させて頂くこともありました。これはIIASAでのプロジェクト運営や研究の進め方をみる機会にもなりました。あるプロジェクトでは、最初の1,2日かけて全員でブレーンストーミングをするワークショップが開催されました。グループに分かれて議論しては報告することを数回繰り返し、漏れがないようあらゆる点を挙げて議論し、最後には、手法とシナリオの設計、論文の主な内容と今後のスケジュールを決定します。とても速くて効率的です。

 IIASAでのそれぞれの人の得意分野を引き出すようなチーム運営も印象的です。私自身もそうでしたが、国環研の私のチームでは上司の指導のもと特に若い研究者は個別の研究を最初から最後までほぼ一人で実施する体制をとる場合が多いです。一方、IIASAでは、世代関係なく、計算・分析・執筆を別の人に割り振り、一つの論文にまとめるということをします。シニアのリーダー自らが執筆する場合もあります。どちらも善しあしがあると思います。前者は、特に若い研究者には第一著者としての業績を作り、研究のどの部分の経験も積めるという良さがありますが、苦手なところが一つあればそこで時間がかかってしまう人は少なくありません。後者は、得意分野を割り振ることでチームとして効率的に進め短期間で成果を上げられますが、執筆を担当しない人の業績は増えません。日本では、部下の就職や将来まで気にかけ、業績が増えるように仕事の割り振りをする上司が多い気がします。IIASAでは、もちろん育成にも力を入れていますし全てのケースではありませんが、プロジェクト中心でその中で仕事を割り振られ、役割をこなすという面がある気がします。文化、価値観や環境の違いもあるのでどちらがどういうことではないですが、うまく得意分野を見つけて引き出し成果を出せるような、IIASAでの柔軟な体制は自分のチームにも取り入れたいと思います。

 昼食はできるだけグループのメンバーとカフェテリアでとるようにしています。国際機関ならではですが、IIASAは世界中の様々な国から研究者が集まっているので、いろいろな国の文化や習慣などの話題になります。政治から、食べ物、スポーツ、休暇の過ごし方、子どもの頃の習い事までどんな話題も「私の国ではこうだけど、あなたの国ではどう?」などと、自然と多国籍を意識した面白い共通話題になります。一風変わった習慣は上手にジョークにしたり、深刻でセンシティブな政治状況などは誠意をもって話し合われます。この日常的な国際的な意識は、世界を対象とした研究成果を世に伝える場面でも重要になります。ある国・地域にとって喜ばしくない結果は、その国の人や他の人々がどう受け止めるかを意識しながら、言葉を選び、情報を発信することにもつながります。またある時は、「あの件はランチしながら話そう」となることもあり、食事をしながら気軽に議論することもしばしばあります。国環研でも、食事やコーヒーを片手に気軽に話せる機会が作られればと思います。

ワークライフバランス・柔軟な働き方

 IIASAでは、毎週金曜がいわゆるプレミアムフライデーで、金曜の午後には「よい週末を!」と早くに仕事を切り上げる人が多くいます。そして、週末や休暇にはほとんどメールが飛び交いません。また、人によりますが、夏休み・クリスマス休暇はそれぞれ2週間ほどです。オン・オフをうまく切り替え、多くの人がプライベートや家族との時間を大事にし、ワーク・ライフバランスを保っているように思います。これだけしっかり休みをとっているのに、世界トップの研究成果を出し続けていて生産的で効率的です。色んな場面で効率的な工夫は見られるので、どんどんマネしたいと思います。また、「今日は娘の迎えがあるので」といって早退する男性スタッフを当たり前に目にします。日本でも早くこの習慣が当たり前になればよいなと思います。

 最後に、これらのIIASAで得た経験、築いたネットワーク、過ごした時間は私の研究人生にとってかけがえのないものになると思います。私を受け入れて頂いたIIASAの皆様には心から感謝申し上げます。

(はせがわ ともこ、社会環境システム研究センター 環境社会イノベーション研究室 研究員)

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