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2015年4月30日

人口分布と乗用車CO2排出量

特集 都市から進める環境イノベーション
【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「環境都市システム研究プログラム」から】

有賀 敏典

 私は、平成23年度から先導研究「環境都市システム研究プログラム」の中で、プロジェクト2「環境的に持続可能な都市・地域発展シナリオの構築」に取り組んでいます。このプロジェクトでは、環境面から見て望ましい都市の姿を提案することを目的としています。乗用車から排出される二酸化炭素(CO2)の量は、都市内人口分布に代表されるような都市構造によって大きく変わります。そこで、プロジェクトの一環として、乗用車からCO2を削減するためには、どのような都市内人口分布が良いか検討しました。

はじめに

 日本のCO2総排出量のうち約2割が運輸部門によるものです。そのうち8割以上が自動車によるもので、自動車から排出されるCO2を削減することは重要な課題になっています。さらに、自動車は大きく分けて、皆さんが普段利用する「乗用車」とトラックなどの「貨物車」がありますが、今回は自動車によるCO2排出量の過半を占める「乗用車」に着目してみます。乗用車のCO2を削減するには、徒歩・自転車・公共交通を利用するなどして乗用車の利用を抑える、エコカーを使って乗用車CO2排出量を抑える、といったことがあります。

 今回は乗用車の利用を抑えることが可能かどうかを考えていきます。利用を抑えるといっても、個人の努力だけでは変更は難しいと言わざるを得ません。なぜなら、車通勤をやめてバス通勤にしようと思っても、時間が何倍もかかってしまったり、バスの本数が極端に少なかったりすれば、変更は現実的ではありません。そこで中長期的には、現在の住んでいる場所や施設の立地といった都市構造を変えてゆき、車に過度な依存をしなくても生活ができる都市に誘導していくことが、乗用車からのCO2排出削減に有効であると考えられます。

 このように、都市構造をコントロールすることは乗用車からのCO2排出削減に有効であるという認識はあるものの、実際に日本全国の各都市で都市構造を中長期的に変更することでどの程度CO2排出量の削減が期待できるのかは十分には推計されていませんでした。そこで私たちの研究では、都市構造を表す代表的な指標である人口分布に着目し、1980年から2005年の人口分布と乗用車CO2排出量の関係を定式化し、2030年の2つの人口分布シナリオについて乗用車CO2排出量がどのように変わりうるかシミュレーションを行いました。

使用データと分析概要

利用したデータは以下の3つです。

a) 過去6時点(1980~2005年)の全国市町村別年間乗用車CO2排出量

道路交通センサス・自動車起終点調査という全国の自動車の動きを調査したデータから、車両が登録されている市町村毎に、推計したものです。

b) 過去6時点(1980~2005年)の国勢調査全国3次メッシュ人口
国勢調査の人口を3次メッシュ別(日本全国を約1km×1kmに分けたもの)に集計したものです。

c) 2030年の偏在化・均一化別全国3次メッシュ人口
市町村の人口は同じで市町村内の人口分布が異なる2つの人口分布シナリオです。近年全国市町村で見られる人口分布変化の対極的なパターン(偏在化・均一化)をコーホート変化率法という手法で将来に適用し、起こりうる可能性が高い2つのシナリオを構築しています。

 このうち a) と c) は国立環境研究所で作成したもので、国立環境研究所ホームページのコンテンツ「環境展望台」で公開しています。

 a) と b) から過去の人口分布と乗用車CO2排出量の関係を分析し、その結果と c) から将来起こりうる人口分布シナリオを乗用車CO2排出量の観点から評価します。手法としては、前者は乗用車CO2排出量を人口分布で説明するような回帰分析、後者は前者の結果を用いたシナリオ分析を行っています。

過去の人口分布と乗用車CO2排出量の関係

 まず、過去の市町村内人口分布と乗用車CO2排出量の関係の分析です。メッシュ人口規模(人口密度)によって年間一人当たり乗用車CO2排出量が異なると仮定し、a) の過去6時点(1980~2005年)の全国市町村別年間乗用車CO2排出量を市町村人口で除した「市町村別年間一人当たり乗用車CO2排出量」を被説明変数、b) の過去6時点(1980~2005年)の国勢調査全国3次メッシュ人口を用いた「メッシュ人口規模別人口シェア」を説明変数とする回帰式を作成しました。この推計で得られた結果が図1です。

排出量の図
図1 メッシュ人口規模別年間一人当たり乗用車CO2排出量

 年次に関わらず、人口規模が大きいメッシュほど年間一人当たり乗用車CO2排出量が少ない傾向が確認できます。すなわち、人口規模が大きいメッシュでは、公共交通が利用しやすいこと、お店や病院など生活に必要な施設が近くにあり移動距離が短いことから、自動車の利用が抑えられているといえます。一方で、人口規模が小さいメッシュでは、公共交通が利用しにくく、生活に必要な施設までの距離が長く、自動車に依存していることを示しています。

 次に、年次別の変化を見てみます。1980年では人口規模の大きいメッシュの年間一人当たり乗用車CO2排出量が0.4トン程度であることに対して、小さいメッシュが0.6トン程度で、そこまで大きな差はありません。しかし、年次が進むにつれて、人口規模の小さいメッシュの年間一人当たり乗用車CO2排出量が大きく増加し、差が拡大しています。これは、自動車の保有が容易になったことが主要因と考えられます。なお近年では、人口規模の大きいメッシュでの年間一人当たり乗用車CO2排出量が減少しています。これは特に大都市圏において、都心回帰や若者の自動車離れなどに代表されるように、利便性の高い場所に住み、自動車をあまり利用しないライフスタイルが選好されてきていることが影響していると考えられます。

将来の人口分布と乗用車CO2排出量の関係

 このように近年頭打ちの傾向がみられる乗用車CO2排出量ですが、今後人口減少が加速すると、公共交通サービスが成り立たなくなる、お店や病院といった施設の減少によって移動距離が伸びる、といった理由で乗用車CO2排出量が再び増加する可能性もあります。そこで、将来の人口分布の変化が乗用車CO2排出量にどの程度影響を与えるのか推計してみます。ここでは、乗用車の走行距離当たりのCO2排出量が2005年と同じと仮定し、人口分布シナリオによって年間一人当たり乗用車CO2排出量を評価します。

 図2は一例として2030年の神奈川県相模原市(平成20年12月時点の行政区域)の人口分布シナリオと年間一人当たり乗用車CO2排出量を分析したものです。相模原市は東京大都市圏の郊外に位置する人口約70万人の都市で、人口分布の違いが乗用車CO2排出量に与える影響が大きい都市の例となります。偏在化シナリオは、人口規模の大きいメッシュ(特に10,000人以上メッシュ)の人口シェアが2005年より高まる、すなわち、コンパクトシティや集約型都市構造といったイメージのものです。一方の均一化シナリオは、人口規模の大きいメッシュの人口シェアが低くなる、スプロール現象が進むイメージのものです。年間一人当たり乗用車CO2排出量は、偏在化シナリオの場合は2005年より減少するのに対し、均一化シナリオでは増加することがわかりました。人口分布によって年間一人当たり乗用車CO2排出量は15%近い差があることになります。

人口分布シナリオ別の図
図2 2030年の人口分布シナリオと年間一人当たり乗用車CO2排出量
神奈川県相模原市(平成20年12月時点の行政区域)

 上記は人口分布の違いが乗用車CO2排出量に与える影響が大きい神奈川県相模原市の例でしたが、全国の市町村でも程度の差はあれ、同じ傾向がみられます。市町村の規模やベースとなる2005年の人口分布によって多少差があるものの、概ね偏在化シナリオの方が均一化シナリオより10%程度年間一人当たり乗用車CO2排出量は抑えられる結果となりました。

今後の展望

 今回は乗用車CO2排出量の観点から人口分布シナリオを評価しましたが、人口分布を変更すると乗用車CO2排出量以外にもエネルギー需要・廃棄物発生の空間的特性、健康影響、生態系への影響など様々な環境問題にも影響すると考えられます。他分野の研究者と連携をとり、どのような人口分布が望ましいか総合的に判断するための材料の提供を進めていきたいと思います。

(ありが としのり、社会環境システム研究センター 環境都市システム研究室)

執筆者プロフィール

筆者の有賀敏典の顔写真

普段はもっぱら都市の研究をして、都市型の生活している私ですが、ときどき自然と触れ合いたくなり、山歩きやサイクリングをしています。人と自然が交流できる場所は大切にしていきたいなと感じています。

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