ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

森林による炭素吸収量のモニタリング・認証手法に関する研究

重点特別研究プロジェクト:「地球温暖化研究プロジェクト」から

小熊 宏之

 1997年に採択された京都議定書では,先進国の温室効果ガスの排出削減に対する数値目標が提示された。植林などの人為的活動により,森林植生が二酸化炭素を吸収・固定した量が削減量として認められることになった。さらに,全地球規模における二酸化炭素の収支に関する研究においても,十分な科学的根拠を持つ手法を用い,森林による二酸化炭素吸収・固定量を正確に評価することが求められており,手法の一つとして客観性,広域性,反復性に優れるリモートセンシングが期待されている。このような背景から,本課題では航空機搭載センサや,将来的にデータ入手が可能となる衛星搭載センサを想定し,最新のリモートセンシングによる炭素吸収量のモニタリング・認証手法の研究を行っている。

 第一の課題は森林地上部のバイオマス計測の高精度化である。森林地上部のバイオマスは,炭素固定量を知る上で重要なパラメータである。これまでのリモートセンシングでは,森林の可視域と近赤外域の反射特性の比率などを求め,バイオマスを間接的に推定する試みが数多くなされてきた。しかし,このようなアプローチでは比率などをバイオマスへ変換するための変換式,もしくは係数が不可欠である。さらにこれらは樹種や森林タイプごとに異なるために一般化が困難であり,適用限界が存在する。近年,全く新しい計測手法として発展しつつあるものに,航空機に搭載されたレーザスキャナーを用いた森林計測が挙げられる。レーザスキャナーとは,レーザ距離計の一種で,センサからレーザパルスを発し対象からの反射光が戻るまでの時間から標高を算出する。森林の場合,樹木の最も高い部分と,直下の地上部の標高を同時に計測し,その差が樹高として求められる。原理的には高さ方向の測定誤差は10数センチである。表紙の画像は苫小牧フラックスリサーチサイト上空を高度600mから観測した標高画像の一例である。これを用いることで,現存する地上量のみならず,毎年の観測により年間の成長量を計測することも期待される。さらにハードウェアの発達により,レーザ光の反射時間だけではなく,反射強度までも計測できるレーザスキャナーが開発されつつある。レーザの反射強度は葉の密度などに関係することから,これらを解析するための手法を開発し,地上調査との比較により精度検証を行っていく計画である。

 第二の課題は森林植生の生化学的な情報の取得である。森林の炭素固定機能を評価する際には,バイオマスと併せて光合成能力を評価する必要がある。光合成活動に関係した色素の光の吸収帯は可視域に集中しているが,これまでのリモートセンシングセンサでは可視域から赤外域までを数チャンネルに分光して観測を行うものが一般的であり,チャンネル間の観測値の比率などを用いて光合成色素量を大まかに推定するのみであった。近年,センサ技術の発達により可視域から短波長赤外域までを数百の観測チャンネルに連続分光して観測するセンサが開発・運用されつつあり,光合成色素量の詳細な推定や植物の環境ストレスなどをリモートセンシングによって検出できる可能性が出てきた。図は森林上を観測した連続分光画像の一例である。一般的に植生のリモートセンシングは,植物による太陽光の吸収・反射が繰り返された結果を観測しているが,その基本となるのは植物の単葉による吸収・反射特性であり,それは葉内の生化学物質量によって特徴付けられる。昨年度からカラマツを対象として葉内の光合成色素であるクロロフィルの量や,光合成による生成物であるリグニン,セルロースといった生化学物質と,葉面の分光反射特性との関係の解明を行っている。この関係を基に,前述の連続分光型のセンサによる観測値から森林植生の生化学物質量を推定し,森林の光合成ポテンシャルを広域に評価することが可能となる。今年度からは苫小牧フラックスリサーチサイトにおける観測タワー上に連続分光画像を収録するセンサを設置し,タワー周囲のカラマツ林の分光画像を常時取得し,同時に計測した光合成量や葉内の生化学成分量などとの比較により連続分光画像解析のアルゴリズム開発を実施する。

森林の分光画像の図
図 ハイパースペクトラルセンサによる森林の分光画像
森林から反射された太陽光の特徴を詳細に観測することで,光合成に関係した情報を得ることが可能となります。画像の上端は人間の知覚とほぼ同じカラー合成であり,それ以下には,各波長別の反射強度の大小を紫-赤色で示してあります。下端は近赤外域のみによるカラー合成であり,可視域とは異なり,樹木の種類の違いや,環境ストレスに関する情報が得られます。グラフは上端の画像2ヵ所における反射光の特徴を示し,樹木の固体別の情報を得ることができます。

 最終的に温室効果ガスの固定・吸収量を算出するためには,森林の構造に関する情報と生化学的な情報をリモートセンシングから提供し,土壌呼吸の実測値などと併せて,生態系モデルなどによる統合が必要となってくる。幅広い分野における研究者間の連携が不可欠であり,研究者間のネットワークを構築しつつ研究の展開を図っていく予定である。

(おぐまひろゆき,地球環境研究センター主任研究員)

執筆者プロフィール

新潟県生まれ。大学では農業経営を専攻,9年勤めた前職では総務,会計担当から理転?して地球観測衛星センサの計画,打上げ後のセンサの校正・検証などの研究開発に携わる。担当していた地球観測衛星の突然の運用停止をきっかけに退職,各種フェロー制度などを経て2001(平成13年5月)から現職。