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“Seasonal and diurnal variation of isoprene and its reaction products in semi-rural area” (大気中イソプレンとその反応生成物の季節変化と日変化) Yoko Yokouchi : Atmospheric Environment, 28, 16, 2651-2658 (1994)

論文紹介

横内 陽子

 地球上の多くの植物が大気中にイソプレンというガスを放出しており,その総量は年間400メガトン(1メガトンは100万トン)にものぼる。森の香りとして知られるピネンやリモネンと違って,濃いイソプレンは都市ガスとよく似た嫌なにおいを持っている(熱帯植物温室などへ行けば体験できる)。このイソプレンは大気中における光化学反応性が高く,最終的には温室効果気体である一酸化炭素やオゾンを生成すると共に,対流圏の酸化反応を全般的に支配しているOHラジカルを消費するため,地球環境に重大な影響を及ぼしている可能性が高い(図1)。北米大都市近郊の森林地域で観測される高濃度オゾンの一因としても注目されている。このように重要な間接的効果をもつイソプレンの影響を定量的に評価するためには,放出量の実測,各種反応実験に加えて実際の大気中におけるイソプレンの変質過程を理解する必要がある。そのために,イソプレンとその初期の反応生成物(メチルビニルケトンとメタクロレイン)の濃度変動を調べたのが本論文の内容である。

図1  イソプレンの大気中における変化

 観測は国立環境研究所の松林にある大気モニター棟で,当時新しく開発した自動濃縮/キャピラリーガスクロマトグラフ−質量分析計を用いて行った。 1991年の6月から12月までの間に1〜3週間の連続測定を数回行って,約1800組のデータを得た。図2に夏の1週間分を例として示す。この図から分かるように,イソプレンもその反応生成物も日中濃度の方が夜間よりもずっと高くなっている。このことは,植物からのイソプレン放出と大気中の反応が共に日中盛んであることを示している。この日中の反応がOHラジカル反応であることも各化合物の相対比と反応性の比較から明らかにされた。夜間のデータについて見るとオゾンが残留している場合明らかに反応生成物/イソプレン比が大きくなっている(図2中矢印)。これは夜間にオゾンから生成されるNO3ラジカルとの反応を示唆するものであるが,この反応については実験データも不足しており今後の検討課題である。植物活動が衰える冬にはイソプレンの放出も減り,その濃度も下がるものと予想されたが,光化学反応が抑えられるためか,一日の最高濃度に大きな変化はなかった。ただし,昼夜の変動パターンは大きく変わって日中濃度の方が夜間よりも低くなる日が多くなった。論文ではこのような冬季の変動についてもその要因解析を行ったがここでは省く。

図2  イソプレンとその反応生成物の濃度変動(1991年夏,つくば)

 上に述べたように夏期の日中にはイソプレンとその中間反応生成物がOHラジカルと急速に反応しそれに伴ってオゾンや一酸化炭素を生成するというシナリオがフィールド観測によって確認された。現在急速に進んでいる熱帯林の破壊は地球上のイソプレン発生量を大幅に減らすことになるが,そのことが将来対流圏大気に深刻な影響を及ぼすのか否かを判断するためにもイソプレンの動態解明を急ぐ必要がある。

(よこうち ようこ,化学環境部計測技術研究室)