ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

コンピュータの中の宇宙測定

研究ノート

横田 達也

 地球環境問題の一つであるオゾン層破壊は,昨年9月に南極で史上最悪のオゾンホールが観測され,ますます深刻な様相を呈してきている。わが国が来年の2月に打ち上げる人工衛星ADEOSには,環境庁が開発中のオゾン層観測センサーILAS(改良型大気周縁赤外分光計)が載ることになり,南北両極のオゾン層を3年以上にわたって観測する予定である。我々のチームでは,そのデータ処理手法の開発と,データ処理用計算機システムの構築に関する研究を行っている。ILASは図に示すように,人工衛星から見た日の出と日の入りの太陽光を観測することで,高さの異なった大気を透過した太陽光の吸収スペクトルを測定し,そのデータからオゾン層の化学反応に関与する大気中の微量ガスの高度分布を推定する。観測される太陽光スペクトル(y)は,大気中の各微量ガスの量(濃度の高度分布(x))に応じて,太陽の特定の周波数の光が吸収されることによって生じる。xを原因とみなせば,yは結果である。このように,事象の結果から原因の状態を推定することを「逆推定」という。

 逆推定の計算手法は,近年のスーパーコンピュータや高速のワークステーション群の登場によって大きく変わった。複雑なモデル計算や数値シミュレーションを高速で行うことができるようになり,上記の原因から結果までのシステムを,近似を駆使した線型モデルで表現する必要がなくなった。システムを非線形モデルにより忠実に表現することで,xの推定精度を極力高めることができる。たとえばILASのデータ解析では,非線形最小二乗法を用いる。その原理は次のように説明できる。まず,宇宙空間での測定プロセスを,計算機の中で高精度にモデル化する。そこではxの値を与えればyが計算できるが,観測された値yから求めたい濃度xを直接的に計算することはできない。そこで計算結果のyが実際の測定値のyと一致するように,xを調整しながら何度も計算を繰り返す。これによって,最終的にxの最適な推定値が求められる。

 求められた推定値には必ず誤差が含まれる。その主な原因は,観測値におけるノイズと計算機内に構築された測定プロセスにおけるモデルの誤差である。推定結果を世界各国の大気研究者に提示する際には,この推定誤差を用いて結果がどの程度信頼できるかの情報(信頼区間)も同時に提示する必要がある。この信頼区間は,統計学的な理論に基づいて計算する。そのほか最適な観測周波数領域の選定や,観測データの重みづけなどの作業に,各種の統計的手法を適切に使用できるデータ解析の専門的な知識が必要とされる。このように,数値データ処理を利用して環境の状態を把握する研究においては,統計的なデータ解析手法は欠かせない。わが国立環境研究所は5年前に大きな組織改革を行い,残念ながら統計情報に基づいて環境データの解析研究を行う研究室はなくなってしまった。今後地球環境や地域環境における様々なデータを扱う際に,わが研究所内において統計的なデータ解析の研究態勢を強化する必要はないのであろうか。

図  宇宙における太陽の大気透過光観測システム

(よこた たつや,地球環境研究グループ衛星観測研究チーム)

執筆者プロフィール:

東京大学大学院(工学系)研究科修士課程修了。工学博士。
〈現在の研究テーマ〉リモートセンシングデータ解析アルゴリズムの開発。
〈趣味〉プロ野球(中日)・サッカー観戦