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“Effects of coexisting linear alkylbenzenesulfonates on migration behavior of trichloroethylene in porous media” Kazuho Inaba and Tatemasa Hirata, Environmental Technology,13,259-265 (1992)

論文紹介

稲葉 一穂

 米国のシリコンバレーをはじめ,わが国でも各地で有害化学物質による地下水汚染が問題となっている。この問題に対しては汚染の未然防止対策や汚染浄化の技術開発が必要なのはいうまでもないが,汚染進行のメカニズムを知ることは暴露量評価を行う上で重要である。従来,このような汚染の進行状況の判定には,ターゲット物質の水−土壌間の分配平衡定数のみを用いて推定してきたが(Enfield他, Ground Water,26,64-70(1987)),環境中には数多くの共存物質が存在しており,この中には水−土壌系内に可動性の新たな相を作り,有害物質の溶解度や移動性を変化させる可能性を持つものも少なくない。McCarthyらはその総説で(Environ.Sci.Technol.,23,496-502(1989))これら“mobile colloids”の例として界面活性剤やフミン質などの高分子有機物の作るミセルやエマルションをあげて緊急な研究の必要性を説いている。本論文はこのような観点からトリクロロエチレン(TCE)の水への溶解度および降下浸透挙動に及ぼす共存直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)の影響を25℃の室内でのモデル実験により検討を加えたものである。

 まず最初にバッチ実験によりTCEの飽和溶解度とLAS濃度の関係を求めた。飽和溶解度は臨界ミセル濃度(CMC: 225mg/l)以下では純水への溶解度(1.1g/l)とほぼ等しく,CMC以上では急激に上昇したことから,ミセル可溶化が飽和溶解度変化の主因であることが推察された。

 次に,降下浸透挙動を検討するために,ガラス粉末およびガラスビーズを充てんしたカラムを用いて溶出試験を行った。ガラス粉末(140メッシュ)を充てんしたカラムの場合,溶出するTCEの濃度は溶離液のLAS濃度により変化したが,その濃度はバッチ法で求めたそれぞれのLAS濃度における飽和溶解度と等しかった。一方,粒子サイズの大きいガラスビーズ(0.8mmφ)を用いたカラム実験では,高濃度LASの時にはミセル可溶化により飽和溶解度で溶出するが,CMC付近のLAS濃度ではTCEは原液のまま細粒として大量に素早く溶出した。このような浸透挙動の差は界面活性剤による界面張力の減少,原液の細粒化と充てん剤空隙の大きさで決まる水の流れやすさの影響などが複雑に関係しており,単に分配平衡関係から求めた飽和溶解度では推定するのは難しいことを示している。こうしたTCEの挙動を視覚的に捉えるために,各種濃度のLASの共存下におけるTCEの降下浸透を撮影した(写真)。CMC以下の 50ppmLASにおいても大きな影響があり下方浸透量が増大していること,高濃度のLAS共存下では下方浸透速度がCMC付近のLASによる場合よりも小さくなる傾向があること(保持能力の増大)などが分かる。

 このように界面活性剤が共存することでTCEの降下浸透挙動は,(1)ミセル可溶化による溶解度の増大と保持性の向上,(2)界面張力の減少による原液の移動性の増大,などさまざまな影響を受けること,さらに土壌粒子サイズによりこれらの因子が複雑に影響しあうことが明らかとなった。このことは地下水汚染のみならず,環境中での有害化学物質の動態とそのリスクを把握する上で,共存物質の影響の定量的な研究が重要であることを示している。実際の河川や湖沼の底泥には高濃度のLAS(Inaba他,Int.J.Environ.Anal.Chem.,34,203-213(1988); Inaba, Water Res.,26,893-898(1992))やフミン質等の有機物が共存しており,有害化学物質の挙動への影響が懸念される。本結果から見て,これまでバッチ法によるミセル可溶化量の測定からアプローチされてきた(例えばChiou 他,Environ.Sci.Technol.,25,660-665(1991))この現象について,今後はCMC以下の領域を含めてカラムによる浸透挙動,特に実際の土壌を用いた定量的な検討が重要であると結論できる。

(いなば かずほ,地域環境研究グループ化学物質健康リスク評価研究チーム)