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2023年1月19日

サステナクラフト、国立環境研究所、一橋大学による共同研究報告がAI・機械学習分野の難関国際会議 NeurIPSでBest Paperに選ばれました

〜NeurIPS 2022 Workshop ”Tackling Climate Change with Machine Learning”でBest Paperを受賞〜

株式会社sustainacraft(本社:東京都千代田区、代表取締役:末次 浩詩、以下「サステナクラフト」)、国立研究開発法人国立環境研究所(所在地:茨城県つくば市、理事長:木本 昌秀、以下「国立環境研究所」)および国立大学法人一橋大学(所在地:東京都国立市、学長:中野 聡、以下「一橋大学」)は、森林由来の質の高いカーボンクレジット創出に向け共同研究を推進しております。

このたび、サステナクラフト社の末次浩詩・高畑圭佑、国立環境研究所の深谷肇一、一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センターの城田慎一郎が、AI・機械学習分野における世界最高峰の国際会議の一つであるNeural Information Processing Systems 2022(以下「NeurIPS 2022」)でのWorkshop ”Tackling Climate Change with Machine Learning”にて行った研究報告が、同ワークショップのBest Paperに選ばれました。

研究概要

本研究では、時系列の因果推論の手法を森林保護プロジェクト由来のカーボンクレジットの評価へ応用することを試みています。近年問題となっているジャンクカーボンクレジットへの対応という観点でのプロジェクトの事後評価と、プロジェクトの初期ファイナンスの問題への対応という観点での予測の両方を、統一的に扱う統計モデルを提案しています。

以下のURLから詳細および報告資料等をご覧いただけます。
Keisuke Takahata, Hiroshi Suetsugu, Keiichi Fukaya, and Shinichiro Shirota. Bayesian State-Space SCM for Deforestation Baseline Estimation for Forest Carbon Credit. NeurIPS 2022, Tackling Climate Change with Machine Learning workshop. https://www.climatechange.ai/papers/neurips2022/55

なお、以下のとおり日本語による解説記事を作成いたしました。

研究の背景と目的

カーボンクレジットとは、気候変動対策に関して追加的な効果をもたらすプロジェクトを促進するための経済的なインセンティブ制度です。最近では多くの企業・組織がネットゼロを目標に掲げていますが、各主体の炭素排出量の削減努力の後にどうしても残ってしまうゼロ排出からのギャップを相殺する上で、カーボンクレジットが重要な役割を果たすと期待されています。その中でも、森林減少・劣化の抑制プロジェクトは最も効果的なアプローチの一つと考えられており、REDD+ (Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation)はクレジット通じてそのような取り組みを促進する枠組みの一つです。

しかし、REDD+由来のカーボンクレジットに対してはいくつかの批判があります。実際に気候変動対策にプラスの効果がないプロジェクトに対して発行されたクレジットは「ジャンクカーボンクレジット」と呼ばれますが、実は多くのREDD+プロジェクトがジャンクカーボンクレジットを生み出している可能性があることが先行研究で示唆されています。

カーボンクレジットに関する重要な論点の一つは、ベースライン(仮にプロジェクトが無かった場合の森林減少量)の妥当性です。ベースラインを高めに設定することでクレジットの発行量を増やすことができたり、またはプロジェクト開始後に当初想定していなかった外的環境の変化(例えば、国レベルでの政策の変更)があることから、当初の想定は過剰見積もりであると考えられるケースもしばしば見受けられます。このような背景から、最近ではダイナミックベースラインと呼ばれる考え方が提唱されています。そこでは、プロジェクト開始後の森林被覆変化を観測するたびにベースラインが逐次的に更新されるため、外部環境の変化の影響を考慮し、修正できることが期待されています。

一方で、カーボンプロジェクトでしばしば指摘されるファイナンシングの問題は依然として残ります。クレジットの発行は、プロジェクトの実績をある程度観測した後に実行されるというResult-based paymentが原則とされてきましたが、この場合、プロジェクト実行者は最初のクレジット発行を受けるまで数年待たなければならないため、特に初期のファイナンシングが大きな課題です。また投資家の観点では、投資判断のためにプロジェクトのリスクを定量化する必要があるため、その意味で、プロジェクト開始前にベースライン予測の妥当性を高めることは依然として重要です。

以上のことから、プロジェクト開始前の事前ベースライン予測と、開始後に観測データが揃ってきた際の事後的なベースラインの逐次更新の両方を統一的に扱う必要性があることが分かります。本研究では、この問題に対する一つのアプローチとして、新しい時系列因果推論のベイズモデリングを提案しました。

成果

本研究では、時系列データの因果推論推定手法の一つであるSCM (Synthetic Control Method)[1]と呼ばれる手法と、CausalImpact [2]と呼ばれるベイジアン構造時系列モデルの一種を参考に、上記の2点を統一的に扱うモデルを提案しました。前者の手法は、プロジェクト開始後の事後的な評価のみを対象としていますが、共変量の調整という因果効果推定において重要なメカニズムを内包しています。一方で後者は、状態空間モデルをベースに構成されているため予測に拡張することは比較的簡単ですが、SCMとは異なり、共変量の調整は考慮できません。

提案モデルでは、CausalImpactの状態空間ベースの因果効果推定モデルを予測ができるように拡張しつつ、SCMにおける共変量調整に相当するものを一般化ベイズ更新のアイディアを使って事後分布に反映しています。これにより、共変量調整は行いつつ、プロジェクト開始前の段階では過去のトレンドに基づくベースライン予測を行い、プロジェクトの開始後では実績値を用いた逐次更新を行うことが可能となっています。

図1は、ブラジルのアクレ州で行われているREDD+プロジェクトの一つであるValparaisoプロジェクト[3]に対して提案手法を適用した例です。左から順に(a)プロジェクト開始前までの情報を使った予測、(b)プロジェクト開始後4年間までの情報を使った上でのベースライン更新・予測、(c)プロジェクト開始後8年までの情報を使った上でのベースライン更新・予測となっています。縦軸は年間の森林減少率です。この図から以下のことが読み取れます。

  • プロジェクト開始前のデータが少ない状態ではベースラインの予測の信頼区間(青いエリア)は大きいが、プロジェクト開始後にデータが増えてベースライン更新される度に徐々に区間が狭まってゆく。
  • 各時点での予測信頼区間は、少なくとも3年後までの事後平均値(青実線)を含んでいることから、予測がある程度機能していることが分かる。
  • プロジェクト実績値(黒実線)がベースライン事後平均を上回っていることから、プロジェクト開始後数年間(2011-2015)は明確なプロジェクトの効果が見られないが、その後は曲線の上下が反転していることから、小さい正の効果があったことが分かる。このことは、2012年以降で報告されているブラジル全体での森林減少率の上昇トレンドに対して、本プロジェクトが部分的な抑止効果があった可能性を示唆する。

また詳細は省略しますが、既存の方法論に則ったベースライン推定値に対して、提案手法による推定値は現実的なレンジに収まっていることも重要な点です。 以上のように、研究の背景であった事前のベースライン予測と事後の評価が、ベイズモデリングの枠組みで統一的に扱えることが提案手法の強みです。

図1: Valparaisoプロジェクトを例としたベースラインの予測値および開始後の事後評価値 (x軸:年度 (Year)、y軸:年間森林減少率 (Annual deforestation rate)、黒実線:森林減少率の観測値、青実線/青領域:ベースラインの推定値の事後平均/90%信頼区間、黒点線:共変量調整を行わなかった場合のベースラインの推定値の事後平均。プロジェクト開始は2011年)

[1] Alberto Abadie, Alexis Diamond, and Jens Hainmueller. Synthetic Control Methods for Comparative Case Studies: Estimating the Effect of California’s Tobacco Control Program. Journal of the American Statistical Association, 105(490):493–505, 2010.
[2] Kay H. Brodersen, Fabian Gallusser, Jim Koehler, Nicolas Remy, and Steven L. Scott. Inferring causal impact using Bayesian structural time-series models. The Annals of Applied Statistics, 9(1):247–274, 2015.
[3] The Valparaiso Project. https://registry.verra.org/app/projectDetail/VCS/1113.

今後の研究の方向性

提案手法では、森林区画ポリゴンの存在を前提とした上で、各ポリゴンを対照群のサンプルの単位としてそれらの重み付き平均としてプロジェクトエリアにおけるベースラインの推定を行っています。そのため、ポリゴンの性質に推定結果が依存する可能性があります。また、地理的にどのように森林減少が広がっていくかということについては、提案手法の出力からは示唆を得ることができません。これらの問題を解決する一つの手段が、森林被覆データをポリゴン単位でなく元のピクセル単位で扱い、その空間的な依存関係を記述する時空間モデリングであると考えており、この方向での研究も現在並行して進めています。

図2:ピクセルとポリゴン。ピクセルとは元の森林被覆データの各画素(緑が森林、白が非森林)を指す。ポリゴンとは多角形の領域(赤枠)のことで、本研究ではブラジル政府が公開しているCARと呼ばれる所有権ごとの森林区画ポリゴンを利用してそれぞれの領域内で森林被覆量の統計量を計算し、それを分析の単位として用いている。

別のトピックとしては、JNR (Jurisdictional and Nesting REDD+)への対応があります。JNRでは、行政区(国、州、県など)でベースラインを計算した上で、それを森林減少リスクに応じて各プロジェクトに割り振りますが、評価は行政区で集計したレベルで行います。これにより、個別プロジェクトの課題であったベースラインの過大推定や、リーケージと呼ばれる(主に負の)周辺への波及効果の問題が大きく解消されるため、長期的にはJNRが主流になることが期待されています。JNRに沿ったプロジェクトが実行されるにはまだしばらく時間がかかるとの見込みですが、提案手法をJNRの枠組みとどう整合させるかは、今後の重要な研究テーマであると考えています。

なお、本研究は、NEDOによる助成(JPNP14012)を受けています。

サステナクラフトについて

衛星リモートセンシング技術を用いた安価で広範囲な自然資源の炭素蓄積量モニタリングと、因果推論技術をベースにしたカーボンクレジット特有で複雑な参照レベルやリーケージの評価という2つのソリューション提供を通して、自然保全への健全な資金循環を生み出すことを目指して活動しています。現在、中南米や東南アジアを中心に、環境保全を行っている複数のNGOや事業会社と連携して、当該炭素蓄積量モニタリング技術の社会実装を推進しています。

サステナクラフト会社概要

社名:株式会社sustainacraft(サステナクラフト)
創業年月日:2021年10月1日
代表取締役:末次浩詩
所在地:東京都千代田区平河町1丁目6番15号USビル8階
ウェブサイト:https://sustainacraft.com/ja

本リリースに関するお問い合わせ先

○株式会社sustainacraft
e-mail:info(末尾に“@sustainacraft.com”をつけてください

○国立研究開発法人国立環境研究所
生物多様性領域 広報
e-mail : biodiv.web(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)

○国立大学法人一橋大学
総務部広報・社会連携課広報係
e-mail : pr1284(末尾に“@ad.hit-u.ac.jp”をつけてください)