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2022年7月5日

日本域の長期モニタリングデータ解析から
地表オゾンの季節変動の変化傾向が判明

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2022年7月5日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
地域環境保全領域 大気モデリング研究室
 特別研究員  河野 なつ美(※)
 主幹研究員  永島 達也
 室長     菅田 誠治
※ 現:農業・食品産業技術総合研究機構所属
 

   国立環境研究所地域環境保全領域の河野なつ美特別研究員らの研究チームは、日本域において近年濃度増加が報告されている地表付近のオゾン(以下、「地表オゾン」という)に着目し、その季節変動の経年変化を、長期にわたるモニタリングデータの解析から明らかにしました。季節変動の指標として、地表オゾンが最大となる日(年間最大濃度日※1)を用い、その経年変化を評価したところ、解析期間(1980−2015年)中における地表オゾンの年間最大濃度日の出現時期は、異なる3つの経年変化の傾向を示すことが分かりました。経年変化の傾向にも地域的特徴があり、出現時期が早まったのちに遅くなる地域(南部を除く関東、近畿)、その逆(関東南部、中部)、解析期間を通して早くなる傾向を示す地域(瀬戸内地方)が見出されました。こうした経年変化は、オゾンの年間最大濃度日が出現しやすい3月〜6月の各月におけるオゾン濃度の経年増加率が、月によって異なっていることと関連しており、また、そうした濃度の経年増加が1980年代と2000年以降で異なった要因によることを示唆する結果が得られました。この成果は、日本域のオゾン季節変動の長期変化に焦点を当てた初めての研究であり、日本の地表オゾン動態のさらなる理解向上や植生への影響評価などへの発展が期待されます。
   本研究の成果は、2022年6月15日付でELSEVIERから発行される学術誌『Atmospheric Environment』に掲載されました。
 

1.研究の背景

 オゾンは、二酸化炭素と同様に強力な放射強制力を持つ温室効果ガスであり、気候変動への影響を始め、大気汚染物質として人間の健康への影響や植生への影響が懸念されています。オゾンの動態評価のためには、その長期的な変動と季節的な変動の両方を理解する必要があります。日本の地表オゾンについては近年、長期的な濃度増加が指摘されており、またその季節変動は測定地点によって3月〜6月の間に年間を通しての最大濃度を示します。一方、ヨーロッパや北アメリカのリモートサイト※2において過去数十年の間に、最大濃度日が夏から春寄りへと早く現れるような変動が報告されていますが、日本を含む東アジアにおける地表オゾンの季節変動について、その経年的な変化は詳しく議論されてきませんでした。本研究では、1980−2015年における日本の地表オゾンの季節変動を定量化し、さらに年間最大濃度日の長期変化について議論しました。その際に大気化学分野で広く使用されてきた、高い時間・空間分解能を持ち、1970年から測定されている長期モニタリングデータである、大気汚染常時監視測定局データ※3を用いました。

2.研究手法

① 大気汚染常時監視測定局データ

 全国の大気汚染常時監視測定局を対象に、以下の条件を満たす測定点を256点抽出し、オゾンと窒素酸化物の時間値データから季節変動の長期変化解析を行いました。
1) オゾンと窒素酸化物(NO、NO2)の3つの大気汚染物質を同時計測していること
2) 1980年から2015年の36年間を通して同一地点で継続測定していること

② 大気汚染常時監視測定局データから年間最大濃度日を決定する手法

 まず、①で抽出した各測定点における、36年分の月平均地表オゾン濃度データを、長期的に変動する成分と季節的に変動する成分(以下、「デトレンドオゾン」という)に分解します(図1a)。更にデトレンドオゾンに対して三角関数と同期する成分を季節的な変動成分として取り出し、その季節変動成分から年間最大濃度日を決定しました(図1b)。本研究では、月平均の5年移動平均値を用いて1982−2013年の最大濃度日を決定し、その長期変化について議論しました。

36年分の月平均オゾン(青線)から定量化した長期変動(黒点線)と、月平均オゾンから長期変動を取り除いたデトレンドオゾン(水色破線)の作成の図
図1. (a) 36年分の月平均オゾン(青線)から定量化した長期変動(黒点線)と、月平均オゾンから長期変動を取り除いたデトレンドオゾン(水色破線)の作成。(b) 36年分のデトレンドオゾン月平均値(水色)から取り出した季節変動成分(黒点線)。

3.研究結果と考察

① 年間最大濃度日の出現時期長期変化の地域的特徴

 解析期間を3つに分け(1982−1991年、1992−2001年、2002−2013年)、各期間における年間最大濃度日の出現時期の変化と照らし合わせたところ、その挙動には以下の1)〜3)の地域的特徴が見つかりました(図2)。
1) 1982年から2001年にかけて最大濃度日が春寄りへと早くに現れるようになった後、2002年以降は年間最大濃度日が逆に夏寄りへと遅く現れる傾向が見られる地域
2) 1982年から2001年にかけて年間最大濃度日が夏寄りへと遅く現れるようになった後、2002年以降は年間最大濃度日が逆に春寄りへと早く現れる傾向が見られる地域
3) 解析期間を通して年間最大濃度日の出現が春寄りへと早く現れる傾向が、一貫して見られる地域
 地域A(南部を除く関東地方)とD(近畿地方)は1)、地域B(南関東)とC(中部地方)は2)、地域E(瀬戸内地方と北九州)は3)の挙動を示す傾向のある事が分かりました。より詳しく見ると、1982-1991年と1992-2001年では年間最大濃度日出現時期の長期変化傾向に違いがみられ、1992-2001年では年間最大濃度日出現時期にあまり変化が見られない地点が多くなっています。例えば地域Dでは、地域Aと同様に1)へ分類されるものの、大部分の測定点において1992−2001年の年間最大濃度日の出現時期は大きく変化しませんでした。

解析期間における年間最大濃度日の出現時期長期変化を示す水平分布の図
図2. 3解析期間における年間最大濃度日の出現時期長期変化を示す水平分布。解析期間中の年間最大濃度日の変化を、早く出現する(赤)か、遅く出現する(青)か、ほとんど変化しない(灰色)へと分類した。その後、似た挙動を示す測定点をまとめて地域A−Eを定義した。

② 年間最大濃度日の出現時期が変化する要因

 年間最大濃度日が4月から5月の間に出現することを受け、両月の月平均オゾン濃度の増加率と、年間最大濃度日の出現時期の変化を3つの期間において比較しました。ここで濃度の増加率は、各期間中の月平均オゾン濃度に対する線形トレンドを用いています(図3)。すると、ほぼどの地域においても、4月の濃度増加率が5月よりも大きいと年間最大濃度日の出現が早まり、5月の濃度増加率が4月よりも大きいと年間最大濃度日の出現が遅れる傾向があることが分かりました。一方、上記に当てはまらない地域や期間(図中)もあり、そうした場合には、3月と6月の濃度、もしくは4月と6月の濃度の増加率の違いが、年間最大濃度日の出現時期の変化と関連していることが分かりました。

 各地域における3解析期間中の年間最大濃度日の変化と4月、5月のオゾン濃度増加率の相互比較の図
図3. 各地域における3解析期間中の年間最大濃度日の変化と4月、5月のオゾン濃度増加率の相互比較。はこの2ヶ月における濃度増加率の違いでは年間最大濃度日の変化が説明できないことを示す。

 更に、昼間と夜間におけるオゾン濃度の増加率を見ると、どの地域でも、1982−1991年では昼間濃度、2002−2013年では夜間濃度の増加が顕著な場合が多いことが分かりました。これは、1982−1991年では昼間における光化学反応によるオゾン生成の増加、2002−2013年では夜間におけるNOによるオゾン破壊(NOタイトレーション※4)が窒素酸化物濃度の減少によって弱化したことが各月のオゾン濃度の変化に影響したことを示唆しています。

4.今後の展望

 本研究で得られた結果は大気化学分野のみならず、オゾンが気候、人間健康、農業分野などに与える影響の評価に関して新たな知見を与えることが期待されます。しかしながら、本研究は長期間の常時監視測定局データを用いた解析や議論に留まっており、地表オゾンの年間最大濃度日の出現時期の経年変化の傾向の原因、特に光化学反応による生成やNOタイトレーションの変化の役割の解明などは今後の課題です。そのような議論を行うにあたり、今後、領域化学輸送モデルを用いた数値モデル解析を行い、大気汚染物質の輸送経路、化学反応の変化、気候変動や都市化の影響などを詳細に考慮することが肝要です。

5.注釈

※1:年間最大濃度日の求め方
本研究では年間最大濃度日を、実際に最大濃度が観測された日ではなく、地表オゾン濃度の月平均値に対して三角関数と同期する成分として季節変動を取り出し、その季節変動成分が最大となる日として定義している。具体的には図1bを参照のこと。

※2:リモートサイト
経済活動から排出された大気汚染物質の影響を受けない測定点。

※3:大気汚染常時監視測定局データ
国立環境研究所や地方環境研究所が提供する地表大気質の長期モニタリングデータ。データは以下のurlからダウンロード可能( https://www.nies.go.jp/igreen/)。

※4:NOタイトレーション
窒素酸化物の内、NOがオゾンと反応しNO2を生ずる化学反応。
発生したNO2からは昼間では再びオゾンが生成されるため、オゾンの破壊に結びつかないが、夜間はオゾンの再生成がないためオゾンの正味の破壊につながる。

6.研究助成

 本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(S-12)、II型共同研究の支援を受けて実施されました。

8.発表論文

【タイトル】
Changes in seasonal cycle of surface ozone over Japan during 1980–2015

【著者】
Natsumi Kawano, Tatsuya Nagashima, Seiji Sugata

【雑誌】
Atmospheric Environment

【DOI】
10.1016/j.atmosenv.2022.119108

【URL】
https://doi.org/10.1016/j.atmosenv.2022.119108 (オープンソース)

9.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地域環境保全領域
大気モデリング研究室 主幹研究員 永島達也
nagashima.tatsuya(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308