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磁場の生体影響研究の必要性

論評

大阪大学名誉教授 中馬 一郎

 我々は太古から自然界に存在する磁場(数10マイクロテスラ)の中で生存してきたが、近年になって超電導利用技術などの開発が進み、自然磁場とは比較にならないほど強い磁場を発生、使用することが可能となった。核融合用超電導磁石、超電導電力貯蔵装置、磁気浮上列車、核磁気共鳴装置などがその例である。そして、21世紀までに、人類は今までに経験したことのないような高磁場に曝露される機会が増加することは疑いない。一般人にとって関心のある磁気浮上列車では、客室内磁場が20ミリテスラ以下になるようにシールドされているといわれているが、医療用核磁気共鳴CT(磁気共鳴映像法MRI)では、被検者は2テスラ前後の高磁場に曝露されることになる。そして、MRIに用いられる磁場の強度は今後さらに高くなると予想される。

 このような状況にもかかわらず、磁場の生体影響についての我々の知識は極めて乏しく、磁場曝露のリスク評価ないし的確な安全基準の設定ができない状態で、寒心に耐えない。以下、磁場の生体影響に関する研究の動向を簡単に紹介し、今後進むべき方向を提言したい。

 電磁場の生体影響に関する研究は、1960年代から、アメリカとソ連を中心に急激に増加してきた。1986年までの研究はWHOの Environmental Health Criteria 69 "Magnetic Fields" 1987 にまとめられている。我が国では、1981年に科学技術庁「磁場の生体及び環境に及ぼす影響についての研究推進連絡会」が設けられ,1984年からは文部省科学研究費特別研究「環境科学」で磁場の生体影響が取り上げられるようになった。現在、電場・磁場の生体影響の調査研究活動等を行っている政府機関は、文部、厚生、郵政、労働、通産、及び科学技術の6省庁に達し、研究結果が発表されている主な学会は、環境科学会、電子情報通信学会、電気学会、日本ME学会、日本磁気共鳴医学会、日本原子力学会、日本保健物理学会など多岐にわたっている。しかし、残念なことに省庁間の連携はなく、異なった学会に所属する研究者間の交流も十分ではない。そこで提言の第一は、各省庁で行われている調査研究の横の連絡をする協議会の設立と、各学会ないし研究機関単位でなされてる研究成果をデータベース化して各研究者が自由に利用できる組織づくりである。

 次に研究の内容であるが、分子ないし細胞レベルを対象とした研究は、現在最も具体的で、かつ顕著な影響が見いだされているものが多く、結果の再現性も良好である。8テスラの直流定常磁場印加によるフィブリン線維の配向、傾斜直流磁場による常磁性赤血球(静脈血)の流れの偏向など、高磁場の生体影響を示唆する結果も得られている。
 
 研究対象が組織レベルから個体レベルへと進むと、磁場の効果は次第に不透明となる。そこで、磁場の安全基準に関連した記事には必ず次のような注釈が付くことになる。(1)「磁場の生体影響については諸家の研究結果が一致しない」が、実用上は何か定めざるを得ないので、(2)「根拠不十分であるが、仮に次のように決める」けれども、(3)「将来、信頼できるデータが確立したら、より良い基準に変更する」。そこで、ヒトや中型動物を2テスラ以上の超高定磁場に曝露した研究はまだ行われていないことと、MRIの被検者に対する安全基準が静磁場では2.0テスラとされている現状から、ほ乳動物についての超高定磁場長期曝露実験を第二の提言としたい。すなわち、ラットないしマウスの生涯に及ぶ毒性学的曝磁実験及び継世代的影響の観察である。100匹程度の動物が長期間飼育できる最低5テスラの磁場空間を複数作り、2年以上の連続飼育を続けなければならないから、小型の研究所を一つ建設する程度のプロジェクトとなろう。

 磁場の生体影響に関するデータの不一致は疫学調査において極点に達する。例えば最近注目されている Wertheimer と Leeper の疫学調査(1979年)によると、アメリカ、コロラド州の高圧電線(高電流によって誘導された60Hz交流磁場を発生する)付近に住む子供たちでは白血病の発生率が2〜3倍になっているという。この場合計算で求めた高圧電線による磁場の強さは1マイクロテスラ以下という微弱なものであったことから大きな論議を呼び、その後4つの追試が行われた。結果は2対2、すなわち磁場曝露と白血病発症率増加とが相関するという結論となった研究が2、相関なしとする研究が2で決着はついていない。その間 Wertheimer らはさらに研究を展開し、成人においても神経系及び子宮ガン、乳ガン、リンパ腫の発症率が高圧電線付近の住民で高くなっていることを報告し、その地域に居住してから7年目に増加率が最高になることから、磁場には発ガンのプロモータ作用があると示唆している。

 この種の調査で最も困難なことは、各個人の被曝量の見積りである。この数値にあいまいさが残るために、曝露量—反応関係が明確でなく、データに説得力がなくなってしまう。幸い最近、安価な携帯型個人曝磁量モニターが開発されたので、現在磁場に曝露されている各職場において、曝磁量を正確に追跡した疫学調査を早急に開始することを最後の提言とする。

(ちゅうま いちろう)