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徒然なるままに空想を巡らす雲をつかむような話

【調査研究日誌】

山岸 洋明

 2010年1~2月に約40日間,(独)海洋研究開発機構の研究船「みらい」に乗船し,海洋表層水中の溶存酸素,窒素,アルゴンの濃度比の連続観測を行いました。酸素,窒素,アルゴンは,ごくありふれた大気の主成分ですが,海洋表層での濃度を精密に測ると,海洋の生物生産性の分布や海水のあわ立ち方の特徴などについて調べることができます。

 本航海では連続測定装置を船首に近い船底の実験室に設置し,ポンプで船内に引き込んだ表層海水を常時計測しました(写真1)。海が荒れると船首は,特によく揺れます。乗船直後で体が船の揺れにまだ慣れていないとき,何度もトイレに駆け込み胃が空っぽの状態になりながら,それでも仕事は続け,また食事も摂ります。そのうち揺れに反応する神経回路のスイッチがOFFになるのか,あるときから揺れても平気になります。人間の適応力は,大したものです。共同観測ですので,積極的に他の研究者の観測作業のお手伝いをしておくことも大事なポイントです。自分が何かで困ったときに助けてもらうことができます。「情けは人の為ならず」です。

写真1 研究船「みらい」に設置した溶存酸素/窒素/アルゴン比連続測定装置
写真1 研究船 「みらい」 に設置した溶存酸素/窒素/アルゴン比連続測定装置

 ここで少し,海洋表層水中の溶存酸素,窒素,アルゴンの濃度比の測定の意義について説明しておきましょう。外洋表層の生態系は,主に植物プランクトン・動物プランクトン・微生物から構成されています。植物プランクトンによる光合成量から,これらすべての生物群の呼吸量を差し引いた正味の有機物生産量を純生態系生産量と呼びます。溶存酸素/アルゴン比の船上観測が可能になり,純生態系生産量の空間分布の観察がしやすくなりました。今回の航海では,酸素/アルゴン比の測定に加え,新たに溶存窒素/アルゴン比の測定にも取り組みました。波が砕けると,さまざまな大きさの泡が海水中に取り込まれますが,大きく分けて「一部が溶け込む大きな泡」と「完全に溶け込む小さな泡」とに分けられます。窒素/アルゴン比は,「完全に溶け込む小さな泡」が海水に溶け込むと値が高くなります。この指標は,大小それぞれの泡を介した大気-海洋間のガス交換の速度の見積に役立ちます。このような知見を大気・海洋間の酸素循環の解析に用いることで,大気・海洋の輸送モデルの評価や炭素循環の定量化などに貢献していくことを目指しています。

写真2 冬の北太平洋亜寒帯域の海面 表面にある泡はすぐに消えずに風に流されて,筋模様を作ります。(北緯47度,東経160度)
写真2 冬の北太平洋亜寒帯域の海面
 表面にある泡はすぐに消えずに風に流されて,筋模様を作ります。(北緯47度,東経160度)

 さてぐっと想像を広げてみましょう。冬季の北太平洋亜寒帯域では低気圧が次々と通過し,海が荒れ白波が立ちます。海面が泡立ちやすいと,低気圧は発達しやすいのでしょうか?今回の観測でも荒天に恵まれ,よく泡立っている海面の観測を行うことができました(写真2)。また一部の植物プランクトンは油膜のような界面活性剤を作ることが知られています。生物の活動によって海水の泡立ち方の性質が,季節や海域によって異なっているかもしれません。

 次に視界を上へ向けてみましょう。見渡す限りの空に,さまざまな形の雲が浮かんでいます。同じような大きさ・形の雲が等間隔で分布しているときもあります(写真3)。上空の空気より海面の温度が高いと,海水に暖められた空気が上昇し,上空で冷やされて下降し,空気が対流します。対流がセル状構造を作ることは,さまざまな現象に見られることで,この構造はベナール・セルと呼ばれています。対流構造は,表面の形状や温度分布の影響を敏感に受けて,さまざまに形を変えるそうです。天然の界面活性剤が海面に不均質に分布していることが,洋上の大気の対流構造や雲の分布にも何か影響を与えているのか,これからのサイエンスが待たれます。

 これは余談ですが,赤道域ではとても穏やかな海面上に渦を持った雨雲が見られます(写真4)。どうしてきれいな渦が維持されているのか,とても不思議です。

写真3 西太平洋で見られた整然と並ぶ雲群 a:北緯30度(研究船「みらい」にて撮影),b:南緯20度(貨物船「トランスフューチャー5(注)」にて撮影)(注)トヨフジ海運株式会社様,鹿児島船舶株式会社様のご厚意により,定期貨物船にて観測が行われています。
写真3 西太平洋で見られた整然と並ぶ雲群
 a : 北緯30度(研究船 「みらい」 にて撮影),b : 南緯20度(貨物船 「トランスフューチャー5(注)」 にて撮影)
 (注) トヨフジ海運株式会社様,鹿児島船舶株式会社様のご厚意により,定期貨物船にて観測が行われています。
写真4 太平洋赤道付近の雨雲 a:南緯3度,b:南緯6度(貨物船「トランスフューチャー5」にて撮影)
写真4 太平洋赤道付近の雨雲
 a : 南緯3度,b : 南緯6度
(貨物船 「トランスフューチャー5」 にて撮影)

 

(やまぎし ひろあき,大気圏環境研究領域 
大気動態研究室)

執筆者プロフィール

山岸 洋明

 都会から離れたところに行くと,空や海はとてもダイナミックで生き生きとしています。雲や海面は,場所や季節によってさまざまな表情があります。その構造を形作っている自然のメカニズムについて知る手がかりはないかと思い,写真を撮っては眺めています。