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毒を貯める植物 −植物はなぜ重金属を貯めるのか?−

【研究ノート】

玉置 雅紀

 植物は土壌中に存在する様々な無機物を根から吸収し,それらを栄養分として自身の生育に利用しています。その過程で重金属を始めとする土壌中の汚染物質も一緒に吸収してしまうため,普通の植物は土壌汚染物質濃度の高い場所では生育することができません。ところが植物の中には汚染物質,特に金属類が多く含まれる場所に好んで生育し,さらに汚染物質を高いレベルで吸収・蓄積するものがいます。例えばウコギ科のコシアブラは土壌中のマンガンを特異的に吸収し,樹皮や葉に10,000ppm近く蓄積することが知られています。また,オシダ科のヘビノネゴザは古くから金草(近くに金鉱脈があることを示す植物)として知られており,カドミウムや鉛など非常に毒性の高い重金属を高い濃度で集積することがわかっています。このような植物をハイパー・アキュミレーター植物と呼びます。植物が重金属を高い濃度でその体内に集積するためには,(1)重金属に耐性があること,(2)重金属を高蓄積すること,が必要になります。一般に植物が他の植物との競合関係の中で生き残るためには,他の植物が生えられない環境でも生育できることが一つの「生き残り戦略」となります。その点においてハイパー・アキュミレーター植物は重金属などの毒物に対する耐性を持つために,土壌中の重金属濃度が通常の生育条件よりも高い場所で生育できるので,他の植物との生育地を巡る競争関係において優位に立つことができると考えられます。しかし,これらの植物にとって重金属を高い濃度で集積する必要性はどこにあるのでしょうか?私はこの疑問に対して答えるための研究を,国立環境研究所の海外派遣研修制度によりコロラド州立大学のピロン・スミス研究室において行いました。

 研究に使用した植物は北米に自生するアブラナ科の植物Stanleya pinnata(スタンレヤ・ピナータ)です(写真1)。この植物はこれまでの研究から土壌汚染物質の一つであり,また金属の一種であるセレンを高蓄積することが知られています。実際に野外に自生しているスタンレヤ・ピナータのセレン含量を測定したところ,土壌中のセレン濃度が6ppmの時にこの植物の葉におけるセレン含量は3,000ppmになっていました。そこで私達のグループではこの植物がなぜセレン高蓄積性を持つのかについて生態学的な視点から解明することを目的に研究を進めました。この疑問に対する一つの仮説として,この植物は重金属の蓄積により外敵からの防御を行っていること,が考えられました。この仮説の一例としては,ニッケルのハイパー・アキュミレーター植物が,葉にニッケルを高蓄積することによりカタツムリからの葉の食害やバクテリアの感染を防いでいることが挙げられます。そこでスタンレヤ・ピナータにおけるセレン高蓄積性は,外敵からの食害を軽減する働きを持つことを仮説として立てて,それを検証することを目的としました。この植物に対する食害はコロラド州の草原では主にコナガの幼虫とプレーリードッグにより行われていると考えられています(写真2)。そこでこれらの食害に対するセレンの影響について調べました。コナガの幼虫による食害について調べるため,セレンを与えずに又は25ppmのセレンを与えて10週間育てたスタンレヤ・ピナータ及び近縁種のStanleya albescens(スタンレヤ・アルベセンス)の葉をコナガの三齢幼虫に与えてその死亡率を調べました。その結果,スタンレヤ・ピナータではセレンの有無にかかわらずコナガの幼虫の3日後の生存率は20%だったのに対して,スタンレヤ・アルベセンスでは60%以上でした。また,プレーリードッグの食害に関しては植物に対する噛んだ回数と食べられた葉の面積を指標としました。25ppmのセレンを与えて10週間育てたスタンレヤ・ピナータの葉をプレーリードッグが噛んだ回数はスタンレヤ・アルベセンスの半分以下であり,その間にスタンレヤ・アルベセンスの葉が60%食べられたのに対してスタンレヤ・ピナータの葉は5%しか食べられませんでした。以上の結果からスタンレヤ・ピナータにおけるセレンの高蓄積性はプレーリードッグによる食害を防ぐ効果があることが明らかになりました。ところが,コナガの幼虫の生存率に関してはスタンレヤ・ピナータにおいてはセレンの高蓄積性の有無にかかわらず同じような減少傾向を示したことから,コナガによる食害に対しては,セレンの蓄積により食害から身を守るという仮説は成り立ちませんでした。なぜでしょうか?

写真1 北米に自生するStanleya pinnata
(スタンレヤ・ピナータ)
写真2 コナガの成虫(左上), 幼虫(左下)とプレーリードッグ(右)

 これまでの研究でハイパー・アキュミレーター植物は汚染物質の存在下において,汚染物質の非存在下に比べて生育が良くなる事例が確認されています。また,留学中に行った他の研究結果からスタンレヤ・ピナータはセレンのない場合に植物ホルモンであるエチレン・ジャスモン酸・サリチル酸の合成を介して害虫に対する防御タンパク質を生産していることが明らかになっていました。これらのことからスタンレヤ・ピナータがセレンの有無にかかわらず害虫抵抗性を示すことに対して以下のような仮説を立てました。すなわち,セレンが存在しない土壌に生育しているスタンレヤ・ピナータはエチレン・ジャスモン酸・サリチル酸の合成を通して害虫に対する防御タンパク質を生産しており,それにかかるコストの代償として生育が悪くなる。一方で,セレンが存在する土壌に生育しているスタンレヤ・ピナータはセレンの毒性により害虫からの食害を防ぐことができるため防御タンパク質の生産を止め,その分のエネルギーを生育に回すことができるというものであります。

 このことを検証するためにスタンレヤ・ピナータのセレン添加に対する生育実験を行いました。スタンレヤ・ピナータを半分はセレンを含み半分はセレンを含まない土壌で生育させたところこの植物はセレンのある土壌に向かって根を伸長させ(写真3),更にその生育はセレンがある場合の方が無い場合に比べて,2倍以上良くなることが明らかになりました。またセレンを与えたスタンレヤ・ピナータの葉では防御タンパク質を作らせる働きがある植物ホルモンの合成が止まっており,それに伴って防御タンパク質が作られないことも分かりました。以上のことから,スタンレヤ・ピナータはセレンのない場所で生育した場合には生育のためのコストを使ってまでも害虫防御タンパクの合成を行っており,セレンが豊富な環境では害虫防御タンパクの合成を止めて,その分余ったエネルギーを生育に回すことにより良く生長することが示されました。このようにハイパー・アキュミレーター植物の重金属の蓄積による食害からの防御は過去の文献からも予想されましたが,重金属が無い場合の生育を,食害からの防御コスト及び生育コストと関連づけた研究は前例がありません。私たちのグループによる研究成果は他のハイパー・アキュミレーター植物がなぜ汚染物質を必要以上に貯め込むのかについてのヒントを与えてくれるかも知れません。なお,この研究はコロラド州立大学のピロン・スミス助教授の指導の下,ポスドクのジョン・フリーマン,大学院生のコリン・クインとの共同で行われました。

写真3 スタンレヤ・ピナータの根の生育方向
 この植物はセレンのある方向(右)に根を伸長させていることがわかる

(たまおき まさのり,生物圏環境研究領域
生態遺伝研究室主任研究員)

執筆者プロフィール

 アメリカで一年研究生活をして感じたことは,アメリカの研究者は良い研究は褒め,良くない研究は遠慮無く批判することです。他の人の良い仕事をしっかりと褒めることができる度量が自分には足りないことに気付かされました。