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大気中の残留性有機汚染物質を測る

研究ノート

高澤 嘉一

はじめに

 締約国が50ヵ国に達したことを受けて「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(POPs条約)は,2004年5月17日に発効されました。ここでPOPsとは残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants)を意味しており,DDTやディルドリン,PCBといった聞き覚えのある12種類の有機塩素化合物(群)から構成されています(図1参照)。ダイオキシンやフランなどの非意図的生成物を除けば,そのほとんどは有機塩素系の農薬,殺虫剤の成分として知られており,共通する特性として,生物に対する毒性,難分解性,高い生物濃縮性などが挙げられます。マラリア対策で一部地域での使用が認められているDDTを除けばPOPsはほとんどの国々で現在使用禁止・製造中止の対策が執られています。

構造式図
図1 POPs12物質(群)構造式

 国内においてこれらPOPsが汎用された時期は1950年代からの約20年間程度と思われますが,実際に河川,海洋,大気,生物などを分析すると難分解性を反映してほぼすべての試料から現在も検出されています。この傾向は国外でも全く同様ですが,問題は過去における使用実績のない高緯度地域からもかなり高濃度のPOPsが検出されており,地球規模での移流拡散が今なお進行している点にあります。POPsは低緯度地域では容易に気化し,大気の流れに乗ってより高緯度の地域へと輸送されます。そして高緯度地域では寒冷な気候により地表面への降下・堆積が進み,結果的にその地域の環境汚染を引き起こすと考えられています。つまり,冬場に室内で発生した湿気が家の窓辺に結露するように,一種の不可逆的な物質移動が高温域である低緯度地域から低温域である高緯度地域,高山地帯との間で成り立っており,それを繰り返すことによってPOPsの長距離移動が起きています。このような大気によるPOPsの拡散は,飛び跳ねて移動するバッタの動きに似ていることからバッタ効果(グラスホッパー効果)と呼ばれており,POPsの長距離移動性を端的に表しています。

 ここでは,当研究所にてこれまで行ってきた大気中のPOPs分析に関して現状の課題や特徴を踏まえてサンプリングからモニタリングデータまでの一例をご紹介します。

サンプリング

 捕集装置には,ハイボリウムエアーサンプラー(HV,毎分700リットル吸引)とミドルボリウムエアーサンプラー(MV,毎分100リットル吸引)を併用しています(図2参照)。HVであれば24時間連続運転,MVであれば1週間連続運転により約1000m3を捕集し分析に利用します(約1000m3捕集で1試料換算)。移動には不向きですが,「検出下限値以下の分析値を減らせること」「異性体組成の情報が得やすい」という観点から,この程度の連続捕集が可能なサンプラーの必要性は感じます。もちろん,より小型の機種を開発し省スペース化ができればなお良いのですが。捕集は,石英繊維ろ紙(QF)の下段に直径9cmのポリウレタンフォーム(PUF)2個を直列に配置し,さらにPUFの下段に有機化合物に対する吸着力が強い活性炭素繊維フエルト(ACF)1個を敷く形で行っています。つまり,QFにて粒子吸着態を,PUF+ACFにてガス態のPOPsを捕集するわけです。また,QFには捕集時の目詰まりによる装置の停止を防ぐ役割もあります。一方,ACFはHCBやヘプタクロルのような比較的高い蒸気圧を有する一部のPOPsが仮にPUFで捕集できずに通り抜けた場合でも,確実に捕集が行えることを目的として採用しています。実際,QFとPUFだけを用いる場合(ダイオキシン類の一般的な捕集法に相当する)ではヘキサクロロシクロヘキサンのような次期POPs候補物質も含めて回収率は低下する傾向を示します。また,本法を用いた場合でもアルドリンは常に極端に低い回収率を示すことから,捕集の過程でOHラジカルの関与する光酸化反応(この反応に対するアルドリンの半減期は55分~9.1時間と他のPOPsに比べて特に短い)によって別の物質に変化しているものと現段階では推測しています。国際的にもアルドリンの捕集は問題提起されており,今後の大きな課題であると言えます。

サンプラーの写真
図2 波照間モニタリングステーション屋上のHVサンプラーとその内部構造

分析

 はじめにPOPsは12物質(群)であると述べましたが,実際には一部のPOPsを除き各物質は多成分組成を保持しており,ダイオキシンやPCBを除いた場合でも定量すべき成分は30種ほど存在します。各POPsの物理化学的性質は確かに類似していますが,構造的に見るとかなり異種な物質の集合体となっており,使用できる前処理操作には大きな違いがあります。したがって,どの程度の種類のPOPsまでを一斉分析するのかによって選択すべき前処理操作は自ずと決まるように思います。私の場合,基本的な夾雑物の除去はアセトンやトルエンを用いた溶媒抽出後の粗抽出液に対して,フロリジルカラムクロマトグラフィー(多環芳香族などの除去,化合物の極性による分離)およびシリカゲルカラムクロマトグラフィー(極性不純物の除去)による精製を行っています。状況に応じてDMSO(ジメチルスルホキシド)/ヘキサン分配も利用しますが,局所的な汚染源から離れた遠隔地からの試料では,測定の際に妨害物質となり得る成分がほとんど含まれていない場合もあり,フロリジルカラムクロマトグラフィーのみでも分析が可能な場合があります。一方,定量値の算出には,大型の分析装置である二重収束磁場型質量分析計や扱いやすい四重極型質量分析計を使い分けて利用しています。ちなみにPOPsの中でも特に熱的安定性に乏しいトキサフェンは試料をイオン化する際に一般的に用いられている電子イオン化法を適用すると,高塩素化体の分解に起因するフラグメント(物を壊した際の残骸のようなもの)が必要以上に発生するため,負イオン化学イオン化法と呼ばれる方法を用いて分子イオンのピーク観測を行います。なお,二重収束磁場型質量分析計を用いた際の分析法としての定量下限値は0.1~2pg/m3程度となっています。

波照間島でのサンプリング

 日本の最南端である波照間島(石垣島の南方)に当研究所のモニタリングステーションがあり,昨年度からこの施設を利用させて頂いてPOPsのモニタリングを行っています。図3に観測結果の一例としてクロルデン類とDDT類の結果を示します。月1回のサンプリングであるため月別での濃度変動がかなりあることがわかります。クロルデン類は1986年に第1種特定化学物質に指定されたのですが,それまでは日本でもシロアリ防蟻剤として奄美諸島や九州地方において比較的多く使用された農薬製剤です。このクロルデン類は東アジアの枠で考えると日本に特徴的な農薬系POPsと考えられます。サンプル数が少ないのではっきりとしたことは言えませんが,サンプリング当日の空気塊の流れを一週間前まで遡ってみると波照間島の北方(九州および韓国経由)から空気塊が進入した場合に比較的高いクロルデン類濃度を示しています。一方,DDT類ではDDTの異性体の一種であるo,pユ-DDTが主要な成分となっていました。通常,この異性体は河川水や生物といった他の環境試料ではマイナーな存在です。この場合の空気塊の流れは韓国から黄海へ抜け上海周辺を通過していました。最近発表された報告は,中国国内(特に南部の長江流域)で以前に散布されていた殺虫剤の一種であるジコホルに,不純物としてかなりの量のo,pユ-DDT(40~160g/ジコホル1kg)が含まれていたことを指摘しています。

グラフ
図3 クロルデン類およびDDT類の月別濃度変化

 大気中のPOPs分析としては,トリオレイン被膜を有する半透膜デバイス(SPMD)を用いた簡易サンプリング(SPMDを数週間から数ヵ月間放置し,平均的な濃度を推測する)も国際的に行われています。一過性の環境イベントの影響を空気塊の流れなどによって説明するにはHVのような大量捕集装置が有利ですが,例えば平均的な濃度傾向の把握には連続的に捕集を続ける必要があることから,目的に応じてサンプリング手法を適宜選択する(組み合わせる)ことが重要と言えます。また,遠隔地でのモニタリングを進める上ではサンプリング頻度の確保も課題のひとつであり,それを達成すべくサンプリング装置の自動化も視野にいれて今後の研究を進める予定です。

(たかざわ よしかつ,化学環境研究領域)

執筆者プロフィール:

学生時代の恩師の口癖であった「やるときゃやる」の精神を掲げて,研究に取り組んでいます。最近の小さな楽しみは,隣家の玄関先で飼われている昆虫や植物を観察すること。