ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

化学物質の生態影響評価のためのバイオモニタリング手法の開発に関する研究

研究プロジェクトの紹介(平成9年度終了特別研究)

畠山 成久

 水中の化学物質が水生生物の生存にとって安全かどうかを連続的に監視する手法を開発するため,桜川(霞ヶ浦流入・最大河川)の河口から約5km上流の河畔に,「バイオモニタリング施設」を設置した。河川水を室内に引き込み,試験生物を連続的に河川水に暴露し,その生物反応をモニタリングすることにより,化学物質の生態影響を総合的に評価するためである。これらの手法は,水中の化学物質の種類やそれらの濃度変動が予測できない場合の急性的な毒性の検出や,低濃度・複合汚染の化学物質の各種水生生物に対する成長や繁殖への影響評価に特に有効である。また,試験生物の反応がある閾値を超えたとき,その信号により警報や自動的な採水を行い,汚染対策や化学物質の特定にも応用可能である。

 調査河川は様々な農薬類で汚染されたため,結果的に主として農薬類の総合毒性をバイオモニタリングしたことになった。河川水を流した小型水槽にウキクサを浮かべ,4,7,14日後にウキクサの葉面積を測定して,除草剤のウキクサ生長に及ぼす影響を調べた(光・水温はコントロール)。ウキクサの1種は除草剤により5月初旬から6月下旬まで,その成長がほぼ完全に抑制され,極端な場合は枯死する個体もあった。別種のウキクサ,イチョウウキゴケ,オオカナダモでも,成長阻害が認められ,また水中のクロロフィル a濃度,ウキクサ葉面の光合成活性などにも顕著な減少が認められた。水草類は魚類や様々な水生生物の産卵や生活の場として,生態系の維持には不可欠な要素である。除草剤は魚類などへ直接的な影響を与えなくとも,生息環境の破壊により,その生存・繁殖に甚大な影響を及ぼしている可能性が高い。

 ヌカエビを河川水に連続暴露し,連続的に行動を記録し画像解析すると,農薬類汚染時期には農薬類が河川からほぼ消失する冬期に比べ,継続的に運動量の亢進が起こっていた。また,これらの個体では対照と比較し,生長阻害が起こったが,不必要な運動を長期間余儀なくされてエネルギーを消耗したこともその原因と考えられた。別な実験では,7月末に上流域の殺虫剤・殺菌剤空中散布により河川水の毒性は急上昇し,水槽内のエビは激しい忌避・逃避運動を示した後,1〜数日以内ですべて死亡した。これを,年間数日の例外的な事件として看過することはできない。調査河川は長年の農薬汚染で既にかなり影響を受けた生態系と考えられたが(1989年調査から),近年は農薬類の汚染が減少傾向にあった(1989, 95〜97調査)。従って,調査河川は生態系の回復が期待されて然るべき環境と思われたが,一時的にせよ試験生物が急性的に死亡するほどの毒性は,春に生まれた各種生物の新生児にも致死的な影響を及ぼし,生態系の回復を著しく阻害した可能性が高い。バイオモニタリング施設内に設置した水路には底質が沈着し,二枚貝(ドブガイ・シジミ)の成長・生存に及ぼす化学物質の総合的な影響を長期モニタリングすることも可能であった。河川水を連続的に流した水槽(光・水温コントロール)に,魚(メダカ,ゼブラフィッシュ)を導入し,これら水生生物の成長や繁殖に及ぼす影響を調べたが,内分泌撹乱物質の影響を示唆する試験結果も得られている。試験生物のサイズなどから,河川水への連続的な暴露が困難なものでは,採水サンプルへの暴露によるバイオモニタリングも併せて実施した。

 バイオモニタリング手法とその応用に関して,北米SETAC(環境毒性化学会 '98, Nov.)においても,数々の発表があったが,バイオモニタリングシステムの自動化が強調されていた。画像解析,エレクトロニクスや自動制御技術などに負うところが多いが,その点は日本の得意分野であり,バイオモニタリングによる環境診断,それに基づいた生態系の保全などに,将来大きな発展があるものと期待される。これらの手法に併せて,バイオモニタリング施設内に導入するべき各種試験生物の開発やその供給体制も検討が必要なことは言うまでもない。

(はたけやま しげひさ,地域環境研究グル−プ 化学物質生態影響評価研究チ−ム総合研究官)