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ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患発症機序の解明とリスク評価に関する研究

研究プロジェクトの紹介(平成9年度終了特別研究)

嵯峨井 勝

はじめに

 最近の大都市部の大気汚染は悪くなっている。主な汚染物質は自動車等からのNO2と浮遊粒子状物質(SPM)であり,特にSPMの環境基準達成率は非常に悪い。一方近年,大都市部の子供にぜん息が増えているという。例えば,東京都の学校保健統計によると,都内の小中学生のぜん息患者は1972年には1%以下であったのに1997年には2.7%に増えたという。

 このぜん息患者の増加と自動車による大気汚染との間には因果関係があるのだろうか?。本特別研究では,この点を明らかにすることを主な目的に,平成5年度から平成9年度まで,ディーゼル排気(DE)あるいは微粒子(DEP)を動物に吸わせる実験的研究を実施した。

ディーゼル排気(DE)は気管支ぜん息を起こすのか?

 私達は,先の特別研究で,マウスへのディーゼル排気微粒子(DEP)の長期間気管内投与で非アレルギー性のぜん息様病態の発現を報告した。一方,近年の居住環境はアルミサッシで機密性が高く,カーペットやソファーの使用も多くなり,かつクーラーも普及し,快適になった。これはカビやダニにとっても快適で,繁殖しやすいことを意味し,今日カビやダニのようなアレルゲンを吸わない生活は不可能と思われる。ぜん息とは,それらアレルゲンを吸い込むことで,IgE 抗体が著しく増え,肥満細胞を介したI型アレルギー反応によって起こるとされている。

 そこで私達は,そのようなアレルゲンの代わりとして実験によく使われる卵白アルブミン(OA)をマウスに投与した。しかし,ぜん息様病態は表れなかった。ところが,OAとDEPを一緒にマウスに気管内投与すると,単独投与の場合よりも少量のDEPで,しかも非常に短期間でぜん息様の基本的病態(好酸球の浸潤を伴う慢性気道炎症,気道への粘液の過剰分泌および気道過敏性の亢進(気道平滑筋の収縮))が発現した。

 しかしこの実験では,IgE抗体価は全く増えず,IgG1抗体とIL-5等の気道炎症を起こすサイトカインが顕著に増加していた。このことは,これまでの中心理論であったIgEが関与するI型アレルギー反応以外にもぜん息発症の機序が存在することを示している。

 さらに,DEPの人工的な気管内投与ではなく,ガス状でDEを吸わせる実験も行った。やはり,アレルゲンと一緒にDEを吸わせた場合だけ上記と同様にぜん息様病態が強く発現した。これらの結果と上に述べた疫学調査結果等を総合すると,ディーゼル排気はヒトのぜん息発症に重大な影響を及ぼしている可能性が高いと思われる。なお,DEのみを吸わせた動物ではぜん息様の病態はほとんど表れず,慢性気管支炎様の病態が認められ,またアレルゲンだけを吸わせた動物では両病態とも非常に軽微であった。

予期せぬ生殖器系への影響

 試験管内でヒトの精子とDEP抽出物を混ぜると精子の運動能力が著しく低下することが1993年にスウェーデンから報告されていた。私達は,試験管の中でならそういうことが起こるとしても,DEを吸わせて精子にまで影響が及ぶことはあり得ないだろうと思いながら確認した。ところが驚いたことに,1日12時間暴露でDEP濃度として0.3mg/m3の濃度(日平均値にすると0.15mg/m3)という,SPMとして大都市部では日常的に見られる濃度からDE 濃度に依存して精子の産生能力が有意に低下し,最高濃度(3.0mg/m3,12時間暴露)では対照群の53%も減っており,環境ホルモン様の作用が疑われる結果も得た。これはDEPの中に多量に含まれている多環芳香族化合物(アリルハイドロカ−ボン,Ah)の受容体を介した作用であろうと推測している。

おわりに

 その他,本研究ではDEがアレルギー性鼻炎や自己免疫疾患等も誘発し,またDEPによる肺がんに活性酸素が重要な役割を果していることなどの結果を得,さらに私達は,ヒトは外気のSPMの50〜70%を吸入しているという個人暴露量に関する調査等も行った。東京都浮遊粒子状物質削減計画によれば,このような危険な作用を持つ粒子は東京都内だけでも年間5~6千トン以上排出されている計算になる。これらの及ぼす健康影響を考慮し,早急に抜本的対策が講じられることを切望する次第である。

(さがい まさる,地域環境研究グループ大気影響評価研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール:

昭和18年生まれ。昭和49年入所。趣味は家庭菜園,果樹を作ること。専門は活性酸素,フリーラジカルの生体影響の研究。これからは健康科学研究を指向したい。