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素朴な疑問の解決にたちかえってきた地球環境研究

西岡 秀三

 国立環境研究所の改名新発足により,地球環境研究グループが活動開始して以来6年目に入った。当グループでは,オゾン層の破壊・温暖化等々国連環境計画(UNEP)があげる地球環境「問題」ごとに編成された研究チームが研究を続けており,ゼロから立ち上げたにしてはそれなりに評価される成果をあげてきたと考えている。

 地球環境に関して世間が持つ素朴な疑問は一体なんだろうか。たとえば,

  1. 一体地球には何人の人まで住めるのだろうか
  2. このままでいったら,いつ住めなくなるのだろうか
  3. ずっと住めるようないい手はないのか
  4. 差し当たり何をやるべきなのか,そして
  5. 自らの生存基盤を壊す人間とは一体何なのか,

 などというところであろう。研究者はこのような疑問に答えるための共通の知見を得ようと,もっぱら自然界の環境維持機構について研究してきた。

 UNEPの分類は,確かに上記の疑問を導く前兆的な現象を取上げており,「問題」の研究を通じてその背後にある深層の問題を浮かび上がらせるのに役立ってきた。そしてこうした研究の成果が段々出揃ってくると,その結果をふまえて政策決定手順が動きはじめ,上記の素朴な疑問の解決に向けての研究が拡大し,地球環境研究の方向にも些かの変化が見られるようになった。たとえば,

  1. 「問題」間の相乗的あるいは横断的な取組が必要になってきた。気候変動問題においては,酸性雨問題とも関連するエアロゾルの冷却効果が注目されはじめた。また大気からの炭素吸収源としての森林土壌の働きや,人間活動による土地利用変化がどのように炭素収支に影響するかが次の課題の一つとなってきた。土地利用変化自体も持続可能な発展の大きな課題である。温暖化対応策としてのバイオマス利用はエネルギープランテーションのための土地と増大する人口を養わねばならない農業生産用地との競合を提起している。エアロゾルや温暖化がオゾン層破壊を促進することが危惧され,北米湖沼への酸性雨・温暖化・紫外線変化の複合影響が報告されている。「問題」別研究を深めた結果,横断的取り組みの必要性が明らかになってきたのである。
  2. 地球環境問題が,科学的究明の成果をもとに政策決定を下す局面に移りつつあることを踏まえ,決定における総合的判断を助けるための研究が必要になってきた。上記の(1)や(3)や(4)への行動が開始されたのである。たとえば,気候変動に関する政府間パネル (IPCC) では,条約の目的でもある「二酸化炭素濃度がどのレベルだったら地球は安全か」という素朴な疑問にとりくんだ。いままでのところ,二酸化炭素濃度が倍になったらどのような問題が発生するかを一部評価できたに過ぎないが,研究が現象解明だけでなく,リスクの考え方に発展しつつあることが示される。これと平行して,環境統合モデルのような政策総合判断ツールの開発や,UNEPの地球環境予測プロジェクト,持続可能な発展委員会の指標開発のような地球環境情報集約の研究が始まっている。
  3. 政策実施のための人間活動の解明が重要になってきている。科学的究明によって現象の確かさが深められていくに従い,人間社会を如何に制御するかが次のポイントとなってきた。環境認識,行動様式,経済活動,文化や制度,貧困と開発など環境問題への駆動力となる人間活動についての研究強化が必要になってきている。(5)の一体人間とは?の疑問にも研究が及んできたのである。たとえば,温暖化の影響を定量的に評価してみると,温暖化の影響が経済的に南北格差を拡大する方向を示すことが明確となり,温暖化を軸に南北をどう調整するかが国際政治の重大な課題となってきたのである。
  4. 現象の解明がすすむにつれて,観測データの不備が明らかになってきている。我々が地球環境について如何に無知であるかがわかってきたのである。そこで,地球環境大診断のための観測に力がはいるようになってきた。しかし今の状況は,測りやすいものを測っているにすぎず,生態系のメカニズム解明のためのデータのように,本当に欲しいものを得るには相当の努力を必要とする。IPCCの報告では,人類の岐路を定める政策決定において,科学的情報の価値がきわめて大きく,研究への投資は十分引き合うものであることを指摘している。もちろん,これまでの「問題」別解明もほんの入り口にたどり着いたに過ぎず,まだまだ研究が必要である。
(にしおか しゅうぞう,地球環境研究グループ統括研究官)

執筆者プロフィール:

1939年東京生まれ,なんでも頭をつっこむ癖があるので,環境システム工学という永遠に確立されざる分野を専攻していることになっている。日曜の昼下がり,筑波大学のラグビーグラウンドで青春の思い出にふけっている姿をみかけることがある。