ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

FA

環境問題豆知識

椿 宜高

 FAというとプロ野球のフリー・エイジェントを連想するのがふつうですが,保全生物学の文脈では全く違う意味で使っています。多くの動物の外部形態は左右対称な形をしています。ためしに自分の顔を鏡で眺めてみてください。眼も眉も耳も中心線をはさんでほとんど左右対称な位置についています。ここで「ほとんど」と書いたところがミソで,うるさいことを言うと,だいたい左右対称ではあるのですが,完ぺきに左右対称な顔をした人は絶対と言っていいくらい存在しないのです。確かめたかったら,正面から撮った写真の鼻筋に沿って鏡を立ててまったく左右対称な顔をつくってみてください。もとの写真とはかなり違う雰囲気の顔になってしまいます。ひょっとしたら,あなたの素敵な笑顔が,表情のない冷酷な表情に変わってしまうかもしれません。これは,ふだんは気付かないくらいの左右の非対称性を消してしまうことによるのです。

 このような,本来は左右対称であるべき部位の,完全な左右対称からの狂いをFA(Fluc tuating Asymmetryの頭文字をとった略語,日本語では「左右対称性のゆらぎ」)と呼びます。最近の研究によると,個体数が少なくなった野生生物の集団では,対称性の狂った(FAが大きい)個体が増えることが分かってきました。なぜこんなことが起きるのでしょうか?まだその遺伝的な仕組みはよく分っていません。ただ,小さな集団では近親交配などの理由で遺伝的な均一化が起き,そのことと関連して起きる現象だということははっきりしてきました。遺伝的な均一化は,生存力を低下させる有害遺伝子の働きを強くする効果がありますが,有害遺伝子の効果は左右の器官がバランスをとりながら生長してゆく過程にも悪影響をもたらすのだろうと考えられます。この現象を利用して,絶滅が心配される野生生物の生存力を評価し,絶滅の可能性を予知したり,絶滅しそうな生物集団を特定することができるのではないかと期待されています。

(つばき よしたか,地球環境研究グループ野生生物保全研究チーム総合研究官)