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"Chemical Composition of the Winter Precipitations at Mt. Zaoh − Indication of the Transport of Soil Particles from the Asian Continent to Japan" Masahiro Utiyama, Motoyuki Mizuochi, Katsutoshi Yano and Tsutomu Fukuyama : Journal of Aerosol Research, Japan 7(1), 44-53 (1992).

論文紹介

福山 力

 冬期には西高東低の気圧配置により本邦上空で大陸方面からの季節風が卓越し日本海側に大量の降雪をもたらすことはよく知られている。この季節風によって自然起源あるいは人為起源の種々の物質が輸送されることは当然予想されるところであり,その実態を明らかにすることは東アジア規模で大気環境の保全を考える際極めて重要である。近年例えば日本海側の各地で降雪中に含まれる硫酸塩を調べると,非海塩性のものの割合が70%程度に達することが見いだされるなど,物質輸送を示唆する観測結果が得られているものの,輸送過程の有無を確かめるためにはなお多くのデータが必要とされている。そのようなデータを得る試みの一つとして,季節風が直接吹き付ける蔵王山頂において 1986年3月12日から13日および1987年3月4日から6日の2度にわたって降水試料を採取し粒子状物質に由来する化学成分を調べた。

 観測1年目の1986年には3月13日に,また2年目の87年には3月5日から6日にかけて日本各地で黄砂現象が認められ,それに伴う化学組成の変化を観測することができた。図1は [Si] と非海塩性の [Ca] の相関関係であり,黄砂期には Si, Ca ともに顕著な濃度増加が認められる。これは当然予想されることであったが,それに加えて,試料の種類や採取時期によらず [Si] と [Ca] の比がほぼ一定である,という著しい特徴が見いだされた。非黄砂期に成長した ice monster(樹氷の一種)のデータのみから回帰直線を導くと,黄砂期を含むすべてのデータがその直線の近くに集まるのである。同様の相関関係は Si と他の2つの地殻元素,Al および Fe,の間にも認められた。これらの結果から,すべての試料に含まれる粒子状物質はほぼ同じ起源であると推測され,明確な黄砂現象が認められるか否かによらず黄砂を起源とする粒子状物質が定常的に大陸から輸送されているという考え方が支持される。このような輸送の形態は名古屋大学の岩坂らがライダー観測に基づいて提唱したものであるが,我々の観測結果はそれに対する傍証を与えるものである。

図1  蔵王山頂で採取された降水中に含まれるSiおよび非海塩性Ca濃度の相関
図2  蔵王山頂で採取された降水中に含まれるSiおよび非海塩性SO4 2- 濃度の相関

 ところが図2に示した [Si] と非海塩性 [SO42-] の相関を見るといささか様子が違っている。非海塩性 [SO42-] は黄砂期にたしかに増加するけれど [Si] に対する比は減少している。SO42- が Ca と同様黄砂の本来の成分であればこのようなことは起こらないはずである。したがって,この硫酸塩は海塩にも黄砂にも由来しないもので,人為起源硫黄成分の輸送が示唆されることとなる。

 本研究ではこの他,黄砂現象が起こったとき, [Cl-]/[Na+] は海塩比に近くほぼ一定なのに [Mg2+]/[Na+] は海塩比から外れて増加すること,非海塩性 [SO42-] だけでなく [NO3-] も輸送されて来ると考えてよいこと,雲粒に含まれる地殻元素は直ちに濃度が上昇するのに対して雪中濃度の増加は2日近く遅れること,などの事実が見いだされた。

(ふくやま つとむ,大気圏環境部大気反応研究室長)