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岩熊 敏夫

 およそあらゆる環境汚染・環境変動の影響は、地球上では最終的に生物に及ぶ。大気、水、土壌の三圏に接する、海面をはさんだ厚さ十数キロメートルの空間に、ほとんどの生物は分布している。この空間に対して、特に生物圏という用語が与えられたのも、生物が環境と密接にかかわり合っているからに他ならない。そのため、環境科学としての生物の研究は、他の様々な分野の研究と連携して進めて行く要請がある。国立公害研究所の研究が世間に認められてきた大きな理由は、この研究所が環境問題に志向した学際研究を推進してきたことにあると思う。生物・化学・物理・社会科学間の学際性だけでなく、生物環境部内でも、生理と生態、または分子レベルから個体、群集といった生物学の分野ないしは生物体のレベル間での研究の学際性を発揮してこれたことも、特色であったと思う。

 現在、国立環境研究所として再出発してからちょうど3年が経ち、新しく始めた地球環境研究そして自然環境保全の研究がようやく軌道に乗りはじめた時期にある。研究所の改組は当時の社会ニーズに対応したものであった。これに加うるに昨年の地球サミット以来、新たに生物多様性の保全が国際的にも重要な課題となり、我が国もその対応が迫られている。ところで、地球環境保全や自然環境保全にしても、また生物多様性の保全にしても、国内外で問題が突然生じてきたわけではない。何年にもわたるフィールド研究と忍耐強いモニタリングが基礎となって、これらの環境の保全の緊急性が明らかにされてきたのは事実である。当研究所では、大型実験施設は一つの目的を持った研究には大きな成果を挙げてきた。しかし多様化する環境問題に的確に対処するためには、問題点を抽出し、現象を明らかにしていくするフィールド研究は欠かせない。これからの生物研究では、学際的なフィールド研究をさらに充実していく必要があると思われる。

 物質循環研究は地球規模の環境問題では要となる。このような研究は、国立の研究機関でプロジェクトとして取り組むのになじむはずである。わが国では国際生物学事業計画(1965年〜1974年)時代に進められたものの、生態学の一分野としての物質循環研究のその後の進展は鈍い。当研究所ではかつて、湖沼生態系を対象に物質循環研究が行われた。私も入所直後からその一員として参加することができ、様々の分野の先輩から多くの事を学び、環境研究の進めかたを身を持って体験できたことは非常に幸運であった。ただ、当時は湖沼における生態系の構造とマクロな物質の流れの解明に研究の主眼がおかれていたため、種や個体レベルでの生物間の相互作用は課題として残された。現在は組織の細分化と研究課題の分散化で、組織力を発揮しにくくなっており、物質循環研究を多方面に展開するのはなかなか難しいように思われる。しかしながら、当面の積み残しの課題には十分に対処できよう。

 研究の進め方では、成果をできるだけ早く研究所内外に公表し、批判・評価を受けていくことは当然のことながら重要である。その一方で、プロジェクト等の目先の成果だけを追いかけるのではなく、5年後10年後の環境問題解決に役立つ研究と、それに向けた体制の整備を行っておくこと、これも我々に課せられた任務であると思っている。

(いわくま としお,生物圏環境部長)