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水環境の将来に向けて

論評

日本水環境学会会長 東北大学工学部教授 須藤 隆一

 わが国においては、直接命を脅かすような産業公害はおおむね消失したものの、環境破壊が確実に地球規模での広がりをみせていることは周知の事実である。今後、水環境においても公害とか汚濁というよりも環境問題として認識すべき課題がますます増大し、多様化・広域化されるものと予想される。現状程度の生活及び産業活動がこのまま続き、水環境施策に大きな変更がないならば、湖沼や内湾の富栄養化、都市河川の汚濁、地下水汚染、微量化学物質による水質汚染などは解消されるどころか、かえって進行すると考えられる。富栄養化の進行に伴って毒性藻類が発生したり、微量化学物質の流出や生成が広域化したりして、飲料水の確保が危うくなるかも知れない。

 都市河川の汚濁は生活排水対策の進展があるものの、10年程度ではそれほど改善されない。湖沼の富栄養化対策は湖沼法をはじめとして強化されているが、抜本的に考え直さない限り解決できないと考えられる。今まで問題にされていなかったラン菌類に属するピコプランクトンの発生がすでにいくつかの湖沼で認められている。このような種類はNP比が著しく高くなったとき異常増殖する可能性があり、湖沼環境にとってきわめて好ましくない。この他、放線菌、細菌、ウイルス等の有害微生物の発生も起こり得る。

 カドミウムやシアン等健康9項目に指定されている有害物質は、これまで充分対策がたてられているから、これからも問題が起こるとは考えられない。しかし、無数の化学物質が廃棄されているので、その多くは水系に入り得る。すでに有機塩素系化合物、ダイオキシン類、農薬、有機スズ等が現在問題になっているが、微量汚染物質による汚染はますます拡大されるであろう。農薬はゴルフ場において注目を集めたが、本来は農業に使用する農薬、特に水田農薬にもっと注目する必要がある。また、肥料からの汚染や酸性雨の影響も無視できないであろう。

 このような水環境問題への対応としてまず取り上げなければならないのは環境基準である。水環境基準は昭和46年に策定されて以来、ほとんど変更されることなく、また追加もほんのわずかであり、この20年間同じ基準のままで、水環境行政の根幹をなしてきたといえる。環境基準は水環境全般にわたる目標とよりどころを与えるものであるが、あまりにも重点が置かれすぎたため、行政の硬直化が懸念されている。

 現在、水道法における水質基準の改訂作業が進んでおり、基準値が引き下げられるとともに微量汚染物質を中心に項目数が大幅に増える見込みである。この改訂は水源である公共用水域の水質管理にも大きな影響を及ぼし、いくつかの項目については環境基準として設定される予定である。これは水環境行政にとって前進ではあるが、水道のあと追いでは主体性がなさすぎる。問題となる物質を次々と基準化することも一つの方法であるが、これではモニタリングに要する人員と経費は莫大になり、現実的でない。これまで水環境は水質のみを尺度としてきたが、これからは水辺環境、底質の性状、水圏生態系を構成する動植物、水との触れ合いのしやすさ等も合わせて評価されなければならない。それには水環境の統合指標の確立が必要であり、具体的な手法は今後の研究を待たなければならないが、次のことを考慮する必要がある。(1)水域の利用目的に応じて項目と基準値を設定する。(2)湖沼、河川、海域、地下水に分ける。(3)水環境基準を基準項目とモニタリング項目に分ける。(4)基準項目は単純明快なものに限定する。(5)モニタリング項目に生物相や生物検定を加える。(6)排水規制では、環境基準と項目合わせをしたり、単に10倍濃度を設定したりして不合理な面が多かったので、排水基準との関係を合わせて見直す必要がある。

 基準項目は誰にでもわかり、測定が容易で、しかも環境指標として実績のあるものでなければならない。たとえば、湖沼及び内湾であれば透明度と底層DO、これにクロロフィルaを加えるのでよいのではないかと思う。内湾では窒素及びリンの環境基準がないので、排水規制ができない現状であるが、環境基準と排水基準の項目をすべて合わせるのは不合理である。

 環境基準は、基準点の設定、試料の採取方法、測定方法、代表値のとり方と基準値との適合のさせ方等まで含めると、検討しなければならない問題はさらに多い。

 次いで重要な課題は、水域改善や排水処理の技術開発である。多様化する汚濁物質を除去あるいは分解する技術の需要はますます増大するはずであるが、地球規模の視点から評価することが従来と異なる。エネルギー節減や温暖化ガス抑制の視点は特に重要である。また水質浄化という観点だけでなく、水辺環境の再生や景観の創造もますます重要になるから、除去率や反応速度あるいは経済性のみでなく、多様な評価が求められるようになる。このことは発展途上国や近隣諸国への技術協力にも不可欠の考え方である。生態系の機能を強化し、人間と自然の共存を可能にする水環境の修復技術を模索する必要がある。

 ここに取り上げた問題は、研究として着実に取り組まねばならないものが多く、水環境の保全・修復の基盤はこれらの研究成果によって強く支えられることになると確信する。

(すどう りゅういち)