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研究所は研究のみをするところにあらず− 人材養成 −

巻頭言

副所長 市川 惇信

いちかわあつのぶ の写真

 1959年8月末のある日、私はポストドクトラルフェローとしてプリンストン大学のTurkevic教授の前に立っていた。1958年3月に学位を取り、アメリカに留学した初日である。教授は10個ほどの小さな三角フラスコの中に入った白い粉を示しながら言った。これはDr.何とかが半年ほどかけて作った、シリカ/アルミナ比をいろいろ変えたシリカアルミナ触媒の貴重な試料である。これを使って何ができるか、来週までに研究計画を作り、どんな装置で何をどうやるのかを含めて、Research Proposalを持ってこい。

 私の学位論文は、電極反応の機構解析に自動制御理論(当時)を導入し電流電圧の動特性から反応機構の中に含まれる幾つかの速度定数の同時分離測定に成功したものである。シリカアルミナ触媒も接触分解も名前を聞いたことがある、という程度であった。しかし、もう後には下がれない。シリカアルミナ触媒、接触反応の本を読み、ケミカルアブストラクトで引いた最近の論文を読んで、常識を作り、何が調べられるかを知った。4日かかった、後2日しかない。流通反応器の中で触媒反応を行わせ、原料、生成物をサンプリングし分析するのが常道である。分析には当時普及し始めたガスクロマトグラフを使うこととした。いかんせん、触媒が全量で1サンプル100ml程しかない。反応器を思い切って小さくすることにした。いわゆるマイクロリアクターになる。反応ガスの流量制御、分析試料採取がきわめて難しくなる。はたと気がついた。反応器とガスクロのカラムを直結し、反応器にパルス状に反応原料を導入して生成物をそのままガスクロに導入すればどうなるか。パルス入力に対する解析はお手のものである。反応機構と速度定数は分かりそうである。既製のガスクロは使えない。反応器とガスクロ全体を手作りする。全体を名付けて「パルスリアクター」というのはどうだろう。徹夜でproposalを書き上げ、持っていった。Turkevic教授は言った。OK、お前はこの線で仕事を進めろ。お前は、この仕事について十分なallowanceを持つ。最初のデータが出たら持ってこい。allowanceというのは何のことか分からなかったが、聞いてみると、自分の判断で自由に金を使ってよいということである。手作りのこの装置は、予想外に良い成果をあげ、その後Turkevic教授の教室での標準装置となり、多くのコピーが作られた。私は物凄い自信を得た。

 その後、ケース工科大学のシステム研究センターにポストドクトラルフェローとして入ったときも全く同様の経験をした。一つのパターンとなっているようである。教授が自分の考える線に沿って、何をどうするかを指示すれば研究効率は高くなる。しかし、時間をかけて本人にテーマと方法を模索させる。新しい領域で「何を」と「いかに」を考え実行できるタフな人材養成の途である。

 国立環境研究所は、環境研究における我が国のセンター・オブ・イクセレンスとして、人材養成も重要な任務である。養成のためのいろいろな工夫と配慮が必要である。

(いちかわ あつのぶ)