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2019年6月28日

アオコ原因シアノバクテリアの遺伝子解析から
アオコの生態をさぐる

Interview研究者に聞く

 霞ヶ浦は茨城県南東部に広がり、古くから人々の生活に関わる身近な湖でした。1970年代はじめまでは水生植物が繁茂していましたが、1970年代中頃になるとアオコの大量発生などの異変が起こるようになりました。国立環境研究所ではこのような霞ヶ浦の変化の原因を解明するため、1976年から霞ヶ浦の水質や生物に関わる調査を続けています。アオコ現象を解明するためには、アオコの原因となる藻類であるシアノバクテリアの多様性・存在量の把握が重要です。地域環境研究センター主任研究員の冨岡典子さんは、アオコ測定のためにDNAによる定量法を開発しました。さらに生物・生態系環境研究センターの山口晴代さんも加わり、DNAの塩基配列を解析することによりアオコ原因シアノバクテリアの多様性を研究しています。

研究者の写真:冨岡典子
冨岡 典子(とみおか のりこ)
地域環境研究センター
(環境技術システム研究室)主任研究員
研究者の写真:山口晴代
山口 晴代(やまぐち はるよ)
生物・生態系環境研究センター
(生物多様性資源保全研究推進室)主任研究員

霞ヶ浦の富栄養化問題に取り組む

Q:冨岡さんが研究を始めたきっかけは何ですか。

冨岡:私は微生物学が専門で、1984年に国立公害研究所(国立環境研究所の前身)に入所しました。その当時は、霞ヶ浦でアオコの発生が一番ひどい時期でした。アオコとは、湖の窒素・リン濃度が高くなる富栄養化にともなって、シアノバクテリア(コラム1参照)が大増殖し、湖などの表面が粉を吹いたような青緑色になる現象のことです。私は入所後まず霞ヶ浦(西浦)のほとりの臨湖実験施設(現水環境保全再生研究ステーション)に配属されました。そこで、アオコの研究を始めました。

Q:研究所は霞ヶ浦のアオコ現象を解明するために、環境モニタリングに取り組んできたのですね。

調査船NIES94の写真
霞ヶ浦全域調査で使用している調査船NIES94

冨岡:国立公害研究所ができた1974年は霞ヶ浦のよごれもにおいもひどくなり、行政もなんとかしなければならないと動きだした時期です。アオコは水温の高い夏に発生し、冬になると消えます。また、冬には夏のアオコとは別種のシアノバクテリアが原因でカビのようなにおいがすることがあります。アオコによる毒素の産生も懸念されていました。霞ヶ浦は西浦の他、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)などの水域からなりますが、その頃、北浦はまだきれいだったので、西浦の観測に力をいれていました。

Q:アオコ現象はずっと続いたのですか?

アオコの写真
霞ヶ浦で発生したアオコ

冨岡:私が入所した1984年の夏は、土浦港ではアオコがマットのようになり、水鳥がその上を歩けるほどでした。ところが1987年になるとアオコが消えてしまい、2004年までほとんどアオコは発生していません。その後、アオコの原因となるシアノバクテリアが徐々に増加し、東日本大震災のあった2011年の夏にまた、大きな社会問題となるほどのアオコ現象が起きました。また、以前対策は不要と考えられていた北浦でも近年アオコが発生しています。

Q:このようなアオコの動態はどうやって調べるのですか。

冨岡:霞ヶ浦全域調査ではアオコの原因となるシアノバクテリアの数や体積を計測してきました。シアノバクテリアは多くの細胞が集まり、群体(コロニー)を形成しています。そのため、アオコのコロニーをほぐしたのち、顕微鏡で観察します。ほぐさないとうまく計測できないのですが、ほぐし過ぎるとアオコは死んでしまうため、これは職人技を要するほどむずかしいものでした。そこで、しだいにアオコの遺伝子を使えばうまくいくのではないかと考えるようになりました。1999年から全域調査でDNAを使ったアオコの計測のための試料採取と手法開発を始めました。

アオコを測る

Q:どうやって新しい方法を開発したのですか。

定量解析をしている写真
アオコの定量解析

冨岡:まず、霞ヶ浦で集めた試料からDNAを抽出します。その後、定量PCR(コラム2参照)という方法を使って、アオコの原因のシアノバクテリアの遺伝子だけを増幅させ、その増幅の程度からシアノバクテリアの遺伝子の濃度を測定します。定量PCRは特定の遺伝子を増幅する手法ですが、霞ヶ浦のアオコの主原因となるシアノバクテリアのMicrocystis aeruginosaM. aeruginosa)だけを増幅するためには、その遺伝子に特有の塩基配列(プライマー)を作らなければなりません。

 M. aeruginosaと言っても顕微鏡で見ると群体の形も、細胞の大きさも異なるいろいろな種類が存在します。そして、遺伝子で見るとM. aeruginosa同士でもそれぞれの持つ塩基配列もまた、少しずつ違います。他のシアノバクテリアやバクテリアの遺伝子は増やさないけれども、様々なタイプを含んだM. aeruginosaの遺伝子は全て増やすプライマーを見つけ出す。そのためには、遺伝子の塩基配列の中から、M. aeruginosaのタイプ間では共通だけれども、他のバクテリアとは異なる部分を見つけなければなりません。この作業に大変時間がかかりました。

 1999年からこの研究を開始したのですが、その当時は塩基配列のデータベースも不十分で、プライマーを設計するソフトも十分ではありませんでしたから、霞ヶ浦でアオコ現象を起こしているM. aeruginosaの塩基配列を調べ、試行錯誤を繰り返し、2006年頃になってようやく正確にM. aeruginosaの濃度を測定できるようになりました。

Q:時間がかかりましたね。

冨岡:はい。今だったらもっと簡単にできたでしょうね。近年の技術の進歩をみると隔世の感があります。分析機器の価格も安くなり、だれでも測定できる方法になりました。なんとか定量法ができたので、霞ヶ浦ばかりでなく、メコン河のダム湖やトンレサップでもこの方法で測定しました(コラム3参照)。職人技によらずにM. aeruginosaなどのアオコ原因シアノバクテリアの濃度の計測ができるようになり、アオコに至る増殖条件を調べることができました。シアノバクテリアは光合成をするので増殖には温度と光が必要です。1987年にアオコが消えたのは、透明度が低下し、光が不足したためだとわかりました。一方、光がたっぷりあっても、リンまたは窒素を抑えると増殖しないことがわかり、行政も窒素の抑制に力を入れています。リンは霞ヶ浦の底泥に高濃度に残留していて、夏になると湖水に供給されます。リンの底泥からの供給を減らすことも、今後の重要な対策になると考えています。

霞ヶ浦のアオコの種類や動態を遺伝子解析から明らかにする

Q:山口さんはどんな研究をされていますか。

NIESコレクションの写真
国立環境研究所の微生物系統保存施設(NIESコレクション)

山口:私は2014年に国立環境研究所に入所しました。所内の微生物系統保存施設(NIESコレクション)には約4,000の藻類や原生動物の培養株が保存されており、私はこれらの培養株を収集・保存・提供するといった保存事業に従事しています。NIESコレクションには霞ヶ浦の藻類がたくさん保存されています。また、霞ヶ浦では、アオコなど負の側面が目立っていますが、霞ヶ浦にいるシアノバクテリアにはいろいろな種類があり、大増殖してアオコの原因になるものもあれば、他の生物の餌になるものもあり生態系で重要な役割をはたしています。私はこれらのアオコ原因シアノバクテリアの遺伝子解析も行っています。

Q:遺伝子レベルでアオコを形成するシアノバクテリアを調べるのですか。

山口:はい。アオコを形成するシアノバクテリアといってもいろんな種類があるのです。アオコが発生するときにはどんなシアノバクテリアが増えているのかは見ただけでは区別できないので、まずは顕微鏡で区別するのですが、遺伝子レベルで見るとどんな性質をもったシアノバクテリアがいるのか知ることもできます。2010年頃から次世代シークエンサー(コラム4参照)が開発されると、解析技術にブレークスルーが起こり、現在では大量に塩基配列を取得し、それを利用するといった生物情報学を用いた研究が加速しています。

Q:これまでにどんなことがわかりましたか。

シアノバクテリアの写真
培養しているアオコ原因シアノバクテリア

山口:霞ヶ浦でアオコを作る藻類の中では、シアノバクテリアのM. aeruginosaが有名です。この種の機能遺伝子の塩基配列を解析することによって、種内を12系統に分類できるようになりました。また、12系統のうち3系統がアオコの毒素の一種であるミクロキスチンを産出することが、遺伝子解析により明らかになりました。

 加えて、M. aeruginosaの全ゲノム解析をしてみると、培養株によってゲノムの大きさや遺伝子の数も大きく異なっていました。つまり、同種であってもゲノム的にみるとかなり中身が違います。

冨岡:形態によるシアノバクテリアの分類と毒性の関係はほとんどわかっていません。これまで集めてきた藻類培養株を活用して毒性との関係などを明らかにしてほしいですね。

アオコを形成するシアノバクテリアは激動の淡水環境での成功者

Q:シアノバクテリアの生態はわかってきましたか。

山口:これまでの研究の成果で、霞ヶ浦のアオコをつくるシアノバクテリアの生態や動態がわかり始めました。湖などの淡水環境は気温、降雨の影響、栄養塩や有機物の流入など環境変化が激しく、大増殖を引き起こすといった淡水の成功者になるには厳しい環境です。私は生態の目とともに遺伝子の目でシアノバクテリアの淡水環境での生き様を捉えたいと考えています。

Q:シアノバクテリアは地球上に酸素をもたらした原始的な生物でしたね。

山口:そうですね。シアノバクテリアのようなバクテリアでは、個体間で遺伝子がいったりきたりする遺伝子の水平伝播という現象が頻繁に起きることが知られています。そのため、新たな遺伝子を獲得することで、今まで生きられなかった環境にも適応することができるといったすごい生き物のひとつです。たとえば、本来は塩分に弱いはずのシアノバクテリアが塩分のある汽水域でも大量発生しています。この塩分耐性は遺伝子の水平伝播により獲得した形質です。シアノバクテリアのゲノムには、何の遺伝子もコードしていない領域が多くあり、そこに新しい遺伝子が入りやすい構造をしているので、これが生き残るためのアドバンテージになっているのでしょうね。

冨岡:シアノバクテリアはたくさんの遺伝子を持っており、何に使っているのかわからない遺伝子がたくさんあります。約30億年も生き残ってきたシアノバクテリアが持ち続けている遺伝子には、なにか意味があるのではないかと思っています。やがて遺伝子レベルの研究で解明されるのではないかと未来に期待しています。

Q:ほかにも興味深い性質はありますか。

冨岡:アオコは水面に浮く性質があります。シアノバクテリアには浮く種類と浮かない種類があり、浮く種類のシアノバクテリアは浮袋(ガス胞)を持っていて水の表面に浮くことができるのです。アオコの原因になるシアノバクテリアは環境が良ければ1日に1回分裂するので、数週間で大増殖し、水面一面に広がります。アオコ対策としてバキュームカーで吸いとるほどです。表面に浮くことができれば、光を独占できるので、その場所で生きのびるのに有利になります。

山口:肉眼ではどれも同じように青緑色に見えるアオコですが、顕微鏡で見るといろいろな種類のシアノバクテリアから成り立っていることがわかります。また、同じ種であっても、その個体がもつ遺伝子の違いによって環境に対する応答も違います。実はアオコを形成するシアノバクテリアのことがわかっているようでわかっていないのです。遺伝子解析を進めてはじめてわかることも多く、今後もさらなる遺伝子解析が必要とされています。

アオコ研究に貢献するNIESコレクション

Q:今後の研究にどんなことを望みますか。

冨岡:アオコの研究が続くことですね。霞ヶ浦のアオコのモニタリングが始まって40年たちます。1999年からは、DNA用試料の採取が始まり、20年分のサンプルが冷凍保存されています。残念なことに、2011年の震災による停電でその試料の一部が解けてしまいました。解けてしまうと定量PCRに使うことはできません。でも解析技術がもっと進んだら、どんなバクテリアがいるか、どんな遺伝子があるかなどの解析には利用してもらえるのではと期待しています。

山口:国立環境研究所のNIESコレクションから提供した培養株は世界中の研究者に使われており、たくさんの研究論文が出ています。特に、NIESコレクションでは数多くのアオコ原因シアノバクテリアの培養株を保存・提供していることから、アオコの研究に貢献していると認識しており、これを大切に守っていきたいと思います。また、私自身がアオコの研究を進めることで、霞ヶ浦などの日本の湖沼の生態系を理解し、良い環境を守っていきたいです。将来はアオコの発生予測をしたいですね。夏本番になる前に、アオコを作るシアノバクテリアの種類やその毒性がわかれば、夏本番にどういった種類がアオコを作る可能性があるのか、大まかに予想できるので、アオコの注意報が出せると考えられます。アオコの注意報を出さなければならない未来の湖沼環境ではなく、日本の多くの湖沼で湖水浴ができるような綺麗な湖沼環境になるといいなと思います。

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