ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

大気中微小粒子と健康影響、世界の動向

研究をめぐって

 大気中微小粒子の主要な発生源であるディーゼル排気曝露の研究では発がん実験や呼吸器を対象とした生体影響の実験が多く、PM2.5で問題となってきた循環器への影響や最近指摘され始めた生殖器や脳神経系への影響の研究はいまだ充分ではないため、今後の解明が必要とされています。

世界では

 大気中のPM2.5について米国では、ハーバード大学の疫学調査の結果を踏まえ、子どもの肺機能の低下と呼吸器症状の増加の観点を根拠に環境基準が設定されると同時に、基準設定の基礎となるPM2.5の健康や環境影響の科学的知見を充実させるため多額の資金が投じられ研究が推進されました。その結果、循環器の機能への影響、自律神経系への影響、血液が固まり血栓ができやすくなるなどの影響の可能性が報告されてきています。しかしながら、まだ微小粒子の健康影響の知見は充分ではないとの認識から、長期曝露影響と総合的な検討については、環境保護庁(EPA)やHealth Effect Institute(HEI)から新たな研究助成が行われます。

 欧州でも、PM2.5やディーゼル排気粒子についてドイツ、オランダ、フランス、イギリスなどを中心に精力的に検討が進められています。科学的知見の充実が必要との認識からEU各加盟国において、第6次の環境行動計画の枠組みに基づく研究が行われています。

 一方、工業的に生産されるナノ粒子、ナノ材料については、米国のオーベルデルスターらによる「ナノの大きさになったとき毒性が強くなったり、大きい粒子に見られない体内挙動を示す」ことなどの指摘から、リスク評価の必要性が認識され、米国では国家ナノテクノロジー戦略のもとでナノ材料の健康および環境に及ぼす影響の研究が始まりました。分子・細胞レベルでナノ材料との相互作用、環境との相互作用、環境中でのナノ材料の移行や変質といった運命、曝露評価や毒性の検討が始められています。また、米国国家標準機構においてナノテクノロジー標準化推進委員会が発足し、標準化に向けて検討が開始されました。

 米国と同様、EU、英国においてもナノ粒子に対する影響評価の必要性に対する認識は高く、これらの国々においては関係者が密接に連絡をとり、健康や生態系への影響のみならず、社会的影響の評価を含めて検討が進んでいます。

日本では

 1985年4〜5月に日光で行われた疫学的な調査により大気汚染がスギ花粉症と関係がある可能性が石崎らによってはじめて指摘されました。これが発端となり、ぜん息や花粉症を含めたアレルギーに関連する疾患とディーゼル排気の関係が吸入曝露などにより明らかにされてきました。この間、日本の研究が世界の研究をリードしてきたといえます。一方、ディーゼル排気の吸入曝露の研究は、ラットを用いた発がん実験が(財)日本自動車研究所で行われるなど、世界的にも評価の高い研究が行われてきています。大気中のPM2.5の曝露の健康影響については、世界の動向から数年遅れて動物曝露による影響研究が開始され、呼吸器・循環器系の病態モデル動物への影響が解析されつつあります。

 一方、工業的に生産されるナノ粒子、ナノ材料については、これまで日本では、新しい機能を生み出すための研究や開発が中心で、影響評価についてはほとんど行われていませんでした。内閣総理大臣をトップとする総合科学技術会議は「安心・安全な社会の構築に備え、ナノテクノロジーが社会や人間に及ぼす影響・波及効果を把握し、必要な対応を講じるための調査検討に着手する」方針を打ち出し、ナノテクノロジーの健全な責任ある発展に向けて健康、環境、倫理等の科学的視点から取り組みを始めました。関連する研究所が連携し、健康・環境影響を含む調査研究が始まりました。また、産業技術総合研究所などが世界最大級の資金規模でナノ材料の安全性評価についての調査研究を始めています。

 一方、日本学術会議が中核となり英国王立協会との間で日英ナノテクノロジー共同研究の立ち上げを行うなど海外との交流も行われています。

国立環境研究所では

 微小粒子状物質による健康影響研究はこれまで硫酸エアロゾルからはじまり、ディーゼル排気粒子(DEP)、PM2.5等を対象に行われてきました。世界に先がけて、ぜん息、花粉症などアレルギーに関連する疾患におよぼす影響についてディーゼル排気やディーゼル排気粒子曝露の影響の検討が行われました。その結果、比較的低い濃度でもアレルギーに関連する疾患が悪化することやその機構について明らかにされました。また、呼吸器や循環器に疾患を持つモデル動物を用いた曝露実験ではそれらの症状が悪化することやその機構についても明らかにしてきました。さらに、大気中で極めて数濃度が高いナノ粒子の健康影響を解析するための曝露システムを開発し、世界ではじめて排気中ナノ粒子の生体影響の研究を開始しました。これから得られる結果はナノ粒子の対策を考える上での重要な知見になるものと期待されています。並行して、都市大気環境中におけるナノ粒子の観測、物理・化学的性状の解析、曝露評価などの健康影響を解析する上で重要な研究も進んでいます。

 また、工業的に生産されるカーボンナノチューブやフラーレンなどのナノ粒子についてもリスク評価が必要であるとの考えに立ち、曝露評価、体内動態、健康影響の研究がはじまっています。

ナノ粒子健康影響実験棟

 2005年6月に、ナノ粒子健康影響実験棟が竣工しました。主要設備としてディーゼルエンジンやダイナモ(エンジンに負荷をかける装置)やコンピューター制御装置を備えたエンジン排気ナノ粒子発生装置、ナノ粒子の凝集を抑えるため100m3の送風が可能な大口径希釈トンネル、動物にエンジン排気由来のナノ粒子を曝露するための大型チャンバー4基(対照と3濃度による影響を観察ができます)が備えられています。また、ナノ粒子の健康影響の実験で使う動物を最適な状態に保てるような環境を持つ飼育施設があります。

 数カ月かけて、ディーゼルエンジンの運転条件と発生するナノ粒子の粒径-数濃度などの物理的性質、ナノ粒子を構成する物質の化学的性質、共存する二酸化窒素や一酸化炭素などのガス濃度など、動物曝露に必要な条件設定のための実験を実施しました。その結果をもとに動物実験が2005年の末から開始され、現在、ナノ粒子の体内動態、呼吸器の自然免疫応答に及ぼす影響、肺炎症状に及ぼす影響、循環機能に及ぼす影響や毒性・生体影響評価におよぼす影響に関連した研究が進められています。

 今後、新型エンジンの排気の評価などエンジン、燃料、汚染物質除去技術など技術革新に対応したエンジンからの排気の健康影響、モード走行時の排気曝露や長期曝露における健康影響、脳神経系や生殖系への影響など肺以外の器官への影響など早急に評価が求められている課題は多く、本施設のさらなる充実と充分な活用が望まれています。同時に工業的に生産されるナノ粒子の健康影響評価についても迅速な対応が求められていることから、早急な曝露装置の作製や評価に向けた研究の充実が必要とされています。

ナノ粒子健康影響実験棟施設外観の写真
ナノ粒子健康影響実験棟施設外観
主要設備の表