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2016年7月27日

水環境研究の最前線(8):水を研ぎ、究める
水生態系を映し出す「環境DNA」

生物多様性—これは、ある地域に多くの種類の生物が一定のバランスを保ちながら生息している状態を意味する。そして、一般的に多様性が高いほど、自然が豊かで健全な生態系が保たれているといわれる。今年1月号で紹介した霞ヶ浦を始めとする淡水域でも同じことが言える。しかし、淡水域はもともと多様性が高いが人間活動の影響を受けやすく、世界自然保護基金の報告によれば、魚類や両生類などの脊椎動物の種類や個体数の減少が、陸域や海域に比べて非常に大きい。

ところで、淡水域の生物の生息状況を調べようとすると、生物を網などで獲るか、目で確認して、その形態の特徴から何という種類の生物が何匹いたと記録することが常道だ。しかし、このやり方では、当然ながら限られた時間と場所で見たり捕まえたりした生物しか把握できないし、大型の魚から、エビ・カニ、貝類、そしてプランクトンにいたるまで、幅広い生物種を見分けられる生物学者はまずいない。本気でやろうとすると、多くの専門家が膨大な時間と労力をかけなければならない。

もっとスマートな方法はないものかと考えたところ、あらゆる生物に共通するもので、生物のグループや種の違いを識別できるものといえば、生物自身の設計図=DNA(デオキシリボ核酸)だ。特に環境中の水に含まれている様々な生物のDNAを「環境DNA」と呼ぶ。国立環境研究所では、この環境DNAに着目した水環境の生態系の長期モニタリング手法と解析技術の研究を行っている。

水環境中の環境DNAは、どんな形で存在しているだろうか?まず、淡水域から水を汲んでくる。この中には、プランクトンなどの微生物が丸ごと入っているだろうし、さすがに魚などの大型の生物は丸ごと入っていないが、その排泄物や分泌物、組織片などが含まれる可能性がある。こうした様々なものを含んだ水から、多様なDNAを一まとめで抽出する。DNAには、4種類の塩基と呼ばれる物質が結合しており、その数と並び方(配列)によって、遺伝子や生物の種が特徴づけられてくる。ヒトの細胞1つには、何と31億個の塩基が連なっている。だから、闇雲にDNAを調べても時間の無駄になる。そこでこれまでの遺伝子研究の成果を活用し、生物の細胞中で、生物の分類に適した遺伝子を選んで、塩基の配列を解析するのである。

では、塩基配列を解析したら自動的に生物の種がわかるかというと、そう簡単ではない。子供が野山や川で生き物を見つけて、それが何かを自分で調べるときには、図鑑を見るだろう。同様に、環境DNAの図鑑に相当するものが、世界中の環境DNAの情報を集めた遺伝子データベースだ。これにアクセスして、塩基配列の特徴が一致すれば、グループや種が特定できるという仕組みだ。ただし、遺伝子データベースには、日本の生物のデータが非常に少ないため、今後の国内の研究者の奮起と地道な努力が期待される。その成果はきっと未来世代にとって、日本さらには世界の生物多様性の大切さを学ぶ貴重な教材になるに違いない。

湖沼における生物の調査方法=今藤夏子(国立環境研究所)作成

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.605 2016年8月号から転載

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水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)