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2016年5月20日

水環境研究の最前線(4):水を研ぎ、究める
微生物燃料電池が海をきれいにする!

いよいよ4年後に迫った東京オリンピック。かつてはどうしようもないほど汚れていた東京湾奥部のお台場でトライアスロンが行われる予定だ。それほどきれいになったと誇りたい半面、実は今でも問題を抱えている。湾奥部の底には大量の汚濁物質が堆積しており、酸素欠乏状態のため、強力な温室効果ガスであるメタンや有毒な硫化水素、富栄養化の原因となるリン酸(栄養塩)が発生する。その結果、底質環境だけでなく周辺の水環境へも深刻な悪影響を及ぼしている。このような状態になってしまうと、自然の自浄作用は期待できず、底質環境は悪化の一途をたどる。だから、陸域からの負荷を総量規制するだけでなく、底質自体をその場で浄化するための手法の開発が必要である。

そこで、国立環境研究所では、底質の直接浄化技術の開発を目標に研究を進めている。それが「堆積物微生物燃料電池」なるものだ。以下、略して微生物燃料電池というが、その仕組みは? 有機物の多い底泥の堆積物は、酸素が欠乏して還元状態になっている。一方、その上の海水中はまだ酸素があるので相対的に酸化状態になっている。つまり、堆積物と海水との間でわずかな酸化還元電位差が生じているわけだ。堆積物中には酸素のない状態で生息できる嫌気性微生物が盛んに有機物を分解している。そして、この有機物分解により電子が発生する。この電子を電極(アノード)で集めて、電線でつないで海水側の電極(カソード)に移動させると、海水中の酸素(O2)と底泥から生じる水素イオン(H+)とを反応させて水(H2O)になるという仕掛けだ。この電子の移動が電流になって発電する。これをうまく循環・継続させることによって、燃料電池になると同時に、底泥中の有機物の分解を促進して浄化させることができるのである。

理屈としてはそうなのだが、本当にうまくいくのか?そこで、霞ヶ浦と東京湾の運河から底質のサンプルを採取し、研究所の実験室で微生物燃料電池を設置して試験を行った。すると、運転開始3週間後、微生物燃料電池を用いた方が何もしないサンプルよりも明らかに間隙水のリン酸濃度が低下する傾向が見られ、底質の浄化促進効果があると期待された。微生物燃料電池を設置した系では、最大0.1 ミリワットの発電と底質の酸化還元電位の上昇も確認された。

ならば現場ではどうかと、現在東京湾奥の運河に微生物燃料電池を設置して、実証規模での浄化試験を行っている。その結果やはり、微生物燃料電池の設置により、酸化還元電位の上昇と、硫化水素の発生抑制が確認された。

まだ、技術的な基礎検討、設置コスト低減等課題は多いが、着実に研究を進めて、水環境保全技術として確立させていきたいと考えている。そして、できれば東京オリンピックで来日する世界中の人々に、東京湾の一角で「微生物燃料電池発電所」のデモンストレーションができれば・・・という夢も膨らませているが、果たして間に合うのやら?

微生物燃料電池による底質浄化のしくみ

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.601 2016年4月号から転載

関連情報のリンク

水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)