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2016年12月13日

水環境研究の最前線(12):水を研ぎ、究める
水滴が轟音を制す

最終回は、遂に地球から宇宙へ飛び出す!と言っても、宇宙の水ではなく、飛び立つロケットに纏(まつ)わる話題。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の種子島宇宙センターから、数多くの国産ロケットが打ち上げられ、気象・天文観測、通信、宇宙探査などの重要な役目を果たしている。国立環境研究所(NIES)がJAXA、環境省と協力して地球上の温室効果ガスを観測している人工衛星「いぶき」も種子島から打ち上げられた。

見事打ち上げに成功したテレビ報道を見るだけで、感動するのは小生だけではないだろう。テレビ画面では、ロケット打ち上げの豪快さを象徴するのが、噴射される膨大な煙だが、現場ではそれとともに周囲数kmまで轟(とどろ)き亘る発射音だ。つい種子島の島民は大丈夫なのだろうかと心配してしまうが、実は発射音にはもう一つ厄介な問題がある。ロケットの発射音=非常に激しい空気振動が、直接または地面に反射してロケットに到達し、搭載した人工衛星の電子部品などを壊してしまう恐れがあるのだ。

そのため宇宙開発をしている各国とも、発射時の轟音(ごうおん)を低減させるため、噴射煙をスムーズに流す煙道を発射台の下に設けたり、ロケットの炎に向けて大量の水を噴射させたりしているというのだ。火を消すわけでもないのになぜ水?と疑問に思うのも無理はない。原理はこういうことらしい。水を勢いよくロケット火炎に向けて噴射すると、ロケットの噴射エネルギーによって即座にミスト状になり、轟音が非常に細かい水滴に吸収されて音が減衰するというわけだ。実際に、JAXAが行った実験でも散水による減音効果が確認されている。また、別の研究結果では、減音効果は水ミストの粒径によって異なり、ある程度粒径が小さいほど減音効果が大きいこともわかってきた。

2020年から運用予定のH3ロケットはパワーが増し、轟音も増すそうだ。それに備えて、現行のH-IIA/Bロケット打ち上げ時の実際の水ミスト粒径を計測することで、研究通りの減音効果が出そうかを確認し、より効果的に水を噴射する設備の設計に役立てられないものか。だが打ち上げ現場は、危険なのでとても近づけない。そこで登場したのが、NIESがこれまで大気中の浮遊粒子の遠隔計測用に開発してきたライダー(レーザーレーダー)だ。測定原理は複雑だが、要するにレーザー光線が粒子に当たって、反射した光を複数箇所で受信して解析し、粒子の濃度や粒径を測定するのだ。さらにこの方法では、噴射煙と水ミストの識別も可能だという。

そして本年2月にH-IIAロケットの発射時に実際に測定してみた。その結果、水ミストの中には減音効果が高いと考えられている数µm程度のサイズより大きいものも多く存在すると推定された。つまり、噴出水がもっと細かいミストになるような工夫ができれば、発射音も抑制できる可能性があるということだ。今後数機のロケット打ち上げ時にも水ミストの計測を計画している。そのデータも活用して、将来、環境とロケットにやさしい国産の発射技術が実現し、ライダー計測手法がそのために一肌脱いだと言える日が来ることを期待したい。


水ミストのライダー計測を行ったH-IIA 30号機の打ち上げ
種子島宇宙センターで2016年2月17日(宇宙航空研究開発機構提供)

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.609  2016年12月号から転載

水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)