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2017年6月30日

    
水田消滅による里地里山の変貌を地図化
—水域と陸域の違いを考慮した農地景観多様度指数の開発

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、福島県政記者クラブ同時配付)

平成29年6月30日(金)
    国立研究開発法人国立環境研究所
福島支部/生物・生態系環境研究センター
          研究員:吉岡 明良
       准特別研究員:三島 啓雄
        主任研究員:深澤 圭太
        主任研究員:角谷 拓
  ユストゥス・リービッヒ大学ギーセン
         博士課程:佐々木恵子
 

 水田や森林といった水陸両方の生態系が入り混じった里地里山は、多様な生き物の生息の場となっており、その景観分布の把握は、重要な課題となっています。特に、水田が乾燥した畑や耕作放棄地になってしまうことは、トンボ類のような生活史の中で水域と陸域の両方を利用する生物にとって致命的ですが、Satoyama Index等の従来の里地里山景観を指標する指数ではそのような変化を十分に反映することができませんでした。しかし、耕作放棄の進行は生物多様性国家戦略にも「第2の危機」として挙げられる等、全国的に深刻な問題になっています。国立研究開発法人国立環境研究所(以下国立環境研究所という。)では、世界で初めて、水域と陸域のように生態学的に異質な土地タイプがバランスよく含まれている農地景観ほど高い数値を示す農地景観多様度指数Dissimilarity-based Satoyama Index (DSI)を考案し、日本全国で地図化しました。さらに、DSIは従来の指数と比べてイトトンボ種数の分布と正の相関関係が強くなる傾向が示され、生物多様性保全の観点から妥当なものであることも確認されました。
 これらの成果は、2017年6月1日付で国際科学雑誌Ambio電子版に掲載されました。本研究は、国立環境研究所が進めている災害環境研究プログラム、自然共生研究プログラム及び所内公募型提案研究(A)「人が去ったそのあとに~人口減少時代の国土デザインに向けた生物多様性広域評価~」の一環として行われたものです 。  

◇詳細
1.背景

 里地里山と呼ばれる日本の伝統的な農地景観の分布の把握は、生物多様性の保全と自然と共生する社会づくりにおいて重要な課題となっています。里地里山は水田や森林といった水陸両方の生態系が入り混じった空間から構成され、このような場所にはトンボ類や両生類等、絶滅危惧種を含む多様な生き物が生息しています。人口減少に伴い進行すると考えられる耕作放棄や転作等による水田の減少は、農地景観における水域の減少につながるため、これらの生物の保全上、大きな問題になります。特に、耕作放棄の進行は生物多様性国家戦略に記された生物多様性の4つの危機のうちの「第2の危機(自然に対する働きかけの縮小による危機)」にあたり、国家的にも極めて重要な課題です。しかし、水田の喪失によって里地里山的景観がどのように変貌するのかを客観的に数値化し把握する方法はほとんどありませんでした。
 先行研究では既存の土地被覆・土地利用図から一定の範囲内の土地被覆・土地利用タイプの多様度指数(※1)を計算することで、里地里山的景観を地図化できるSatoyama Index、あるいはModified Satoyama Index (MSI)と呼ばれる指数等が提案されました。しかし、それらの指数は湿地的役割を果たす水田も乾燥した畑も同列に取り扱っていたため、水陸両方を必要とする生物の観点からは、水域の減少が里地里山景観に及ぼす影響を適切に評価できませんでした(図1)。この問題を解決して生物多様性第2の危機への対策に資するため、本研究では水域と陸域といった異質な生態系が一定の範囲内にバランスよく混在している状態を適切に評価できる新しい指数Dissimilarity-based Satoyama index (DSI)を提案し、その地図化を試みました。

図1 水田の放棄や転作はトンボ類等の陸域と水域の両方を必要とする里地里山の生き物にとって大きな影響があると考えられるが、従来の里地里山的景観を評価するための指数ではそれらの違いを十分に反映できない.

2.方法と結果

 DSIは、農地を含む約6km四方の空間内に、より多様な土地利用・土地被覆タイプ(水田、畑、自然林、自然草地等)がバランスよく含まれており、非農地面積の割合が高く、かつ、水域と陸域のように生態学的に異質な土地利用・土地被覆タイプが含まれている場所ほど高くなる農地景観多様度指数です。『生態学的に異質であること』を客観的に数値化するのは難しいですが、本研究では、DSIの計算の過程において、正規化植生指数NDVI(※2)とよばれる衛星画像から得られる植生指数のデータを用いて、各土地利用・土地被覆タイプ間の非類似度を計算し、『生態学的に異質であること』の尺度としました。NDVIは、森林的環境では高く、草地的環境では比較的低く、水域では極めて低い値をとるため、これらの環境を区別するのに有用と考えたためです。
 計算の結果、既存の空間解像度や土地利用・土地被覆タイプの区分が異なる3種類の土地利用・土地被覆図からそれぞれ3種類のDSIの全国地図を得ることができました(図2)。これらDSIの地図を土地利用・土地被覆タイプの異質性を考慮しない従来の農地景観多様度指数MSIによる地図と比べると、農地景観多様度が高い地域は少なく見積もられることが示されました。このことは、水域と陸域が入り混じった、より里地里山らしい場所をDSIによって絞り込むことができることを示しています。
 また、DSIの妥当性を確認するために、環境省がデータベース化している里地里山の典型的な生物種であるイトトンボ類の種数の空間分布とDSIとの関係性を統計モデルによって検証しました。その結果、DSIは3種類いずれの土地利用・土地被覆図から計算した場合でも、イトトンボ類の種数と正の関係が見られることが示されました(表1)。さらに、DSIと従来の指数のどちらがイトトンボ類の種数との正の相関が強くなるかを比較した結果、DSIは空間解像度と土地利用・土地被覆区分がより詳細な土地利用・土地被覆図から計算した場合に、従来の指数と比べてイトトンボ類種数との正の関係が強まることが示されました。
 この結果は、小規模な水域を反映できる詳細な土地利用・土地被覆図から里地里山的景観を把握する際は、水域と陸域を区別することができるDSIを指標として用いることで里地里山の生物種の豊かさをより正確に表せることを示しています。

図2. (a) 小川ほか(2013)の土地利用図より計算したDSIと、(b)土地利用・土地被覆タイプ間の非類似度を考慮しない従来型の指数(吉岡ほか(2013)のMSIと同等)の全国地図. 
DSIを用いた方が、里地里山度が高い場所は絞られる。より解像度が粗い地球地図第1版及び2版を用いて地図化した場合も、同様の傾向が見られた。

表1. 3種類の土地利用・土地被覆図から得られたDSI及び従来型指数とイトトンボ種数の関係.

3.今後の展望

 近年のリモートセンシング技術の向上にともない、詳細な植生指数データや土地利用・土地被覆図が比較的容易に得られるようになりつつあります。DSIは、土地利用・土地被覆図と植生指数データがあれば計算でき、拡張性もあります。そのため、今後、複数時期の土地利用図に対してDSIを応用することで、耕作放棄や転作による水田喪失を介した里地里山景観の変貌を、生き物の視点から評価することが可能になります。それによって、より『里地里山らしい』景観の保全計画に役立ててもらうことが期待されます。また、福島県の避難指示区域において、広範囲に停止した水田稲作が避難指示解除によって再開した際に、どれくらい里地里山的景観が回復するのか評価するためにも有用と考えられます。

4.研究に関する問い合わせ

国立研究開発法人 国立環境研究所 福島支部 研究員
 吉岡 明良(よしおか あきら)
 電話:0247-61-6114 (6545)
 E-mail: yoshioka.akira (末尾に@nies.go.jpをつけてください)

◇発表論文

Yoshioka, A., Fukasawa, K., Mishima, Y., Sasaki, K. and Kadoya, T. (2017) Ecological dissimilarity among land-use/land-cover types improves a heterogeneity index for predicting biodiversity in agricultural landscapes. Ambio doi: 10.1007/s13280-017-0925-7
リンク: https://link.springer.com/article/10.1007/s13280-017-0925-7

◇関連する研究成果(本論文の著者に下線を付した)

1. Kadoya T., Washitani I. (2011) The Satoyama Index: a biodiversity indicator for agricultural landscapes. Agriculture, Ecosystems and Environment, 140, 20-26
2. 吉岡明良角谷拓・今井淳一・鷲谷いづみ (2013) 生物多様性評価に向けた土地利用類型と「さとやま指数」でみた日本の国土. 保全生態学研究, 18, 141-156.
3. 小川みふゆ・竹中明夫・角谷拓・石濱史子・山野博哉・赤坂宗光(2013)植生図情報を用いた全国スケールでの土地利用図の作成. 保全生態学研究, 18: 69-75.

◇用語解説

※1 多様度指数
生態学の分野では主に生物種の多様性を数値化するために「Simpsonの多様度指数」や「Shannon-Wienerの多様度指数」と呼ばれる指数がよく用いられています。これらの指数は、単に種数が多いだけでなく、各種の組成がより均等なほど高くなります。例えば、種Aが10個体、種Bが10個体いるような場所は、種Aが19個体、種Bは1個体しかいないような場所より多様度が高くなるように設定されています。先行研究のSatoyama IndexやModified Satoyama Indexでは、計算の過程で(生物種ではなく)土地利用・土地被覆タイプの多様度指数を計算することで里地里山的な複雑な景観を数値化しています。一方、種Aとその近縁種Bしかいない場所より、先祖が全く異なる遠縁の2種がいる場所の方が、多様性が高くなるように設定できる多様度指数も存在します。本研究のDSIではそのような多様度指数の一種である「Raoの指数」を土地利用・土地被覆タイプの多様度の計算に応用することで、より異質な生態系タイプが存在する景観を高く評価できるようにしています。

※2 NDVI
Normalized Difference Vegetation Index (NDVI)は地上から反射される近赤外線の赤色光に対する比率を正規化して-1から1の値をとるようにしたもので、衛星画像から地上の植生の状態を把握するための指標として用いられています。一般的に植生量や光合成生産量が大きい場所で高くなる一方、水域では負の値をとる傾向があります。現在は様々な人工衛星由来のNDVIのデータが公開されており、本研究ではMODIS Terraのデータを用いています。

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