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2014年4月30日

地球規模炭素循環研究におけるトップダウンアプローチ、 ボトムアップアプローチ

特集 炭素循環を観測する
【環境問題基礎知識】

三枝 信子

 ものごとを考えたり決めたりするときに、その進め方(アプローチ)に、トップダウン的な方法とボトムアップ的な方法があるという話は、研究のみならず実生活の中でも聞かれることがあります。どちらにも一長一短があるので、どちらかが優れているというわけではなく、両者がうまくくみあわされて有効に働いているかどうかが重要であるようです。例を挙げて説明しましょう。

高校3年生のトップダウンとボトムアップ

 最初に、大学受験に向けて勉強を始めた高校3年生のケースを考えます。よく見られるのは、まず問題集を買ってきて、手をつけやすいところから始め、各教科の実力を片っ端から上げようとがんばる方法で、これはボトムアップアプローチに分類されます。この方法は、できることから始めるので進むことは進むのですが、うっかりすると手をつけていない「空白域」が最後まで残ったり、目標を見失って次第にペースダウンしてしまうことがあるようです。一方トップダウンアプローチは、まず合格したい学校を決め、そのために必要な教科とどこまで勉強するかを考え、毎月・毎週の目標を決めて実行するという方法です。目標設定ができているのはよい点ですが、ボトムアップ的に取り組んだ経験から学んだ自分の現実の姿(進捗ペース)を把握していないと、1週目から計画倒れになってしまうことがあるようです。この高校生の場合、大まかなスケジュールはトップダウンで設定し、毎月・毎週の内容についてはボトムアップ的にやってみた結果を計画に反映するなど、両方をうまくくみあわせるのが理想的といえるでしょう(言うは易く行うは難し)。

若手社会人のトップダウンとボトムアップ

 続いて、就職したのを機に、自分の生活費を把握しようとする若手社会人のケースを考えます。この人が2013年度の生活にかかった支出額を調べるときに、

 2013年度の支出= 2013年度の収入合計
          -(2013年度末の所持金合計
           -2012年度末の所持金合計)

という方法で求めようとするのがトップダウンアプローチです。一方、ボトムアップアプローチは、買い物をするたびにレシートを保存し、毎月家計簿をつけ、支払金額を積算することによって1年間の支出額を求める方法です。

 この場合、トップダウンの長所は、収入額や所持金の合計額に間違いがなければ、1年間の支出額をかなり正確に得られることです。短所は、家賃はいくら、食費はいくら、といった個々の支出項目の中身がわからないことです。一方、ボトムアップの長所は、項目別の支出や支出した日がわかるので、去年の同じ時期に比べて食費や光熱費の増減がいくらかとか、その理由は何かといった考察ができる点です。短所は、1年分の支出を積算するには根気がいることです。また、うっかりして高額なレシートを紛失すれば支出合計に大きな誤差を生むという問題もあります。この人の場合、トップダウンアプローチとボトムアップアプローチを同時に行うことによ って、最も正確な生活費の把握とその考察を得ることができるといえるでしょう。すなわち、異なる計算方法で求めた結果の比較によって誤差を確認できますし、項目ごとの内訳から支出の季節変動や年々変動とその原因を見つけることもできます。

地球規模炭素循環研究のトップダウンとボトムアップ

 地球規模の炭素収支を把握するという目標も、1年間の家計の収支を把握するという目標に負けないくらい難しい課題です。しかも、森林や海は二酸化炭素を吸収したり放出したりしてもレシートをくれませんので、地球上のどこでどれだけ吸収や放出があったかを、たくさんの観測データから推定しなければなりません。ボトムアップアプローチを適用するには難しい目標であるということができます。

 このため、地球規模の炭素循環を把握しようとする研究は、これまで主にトップダウンアプローチに基づく研究によってリードされてきました。トップダウンアプローチでは、まず、人間が排出した二酸化炭素の量を、エネルギー消費量をはじめとする各種統計値からできるだけ正確に推定します。次に、人為的に排出された二酸化炭素のうち、どれだけ地球の大気中に残ったかを推定します。そのために、世界各地の研究者がいくつもの手法を使って大気中の二酸化炭素濃度を正確に測定したデータを使います。これまでの研究により、大気中二酸化炭素濃度は、陸上の観測ステーション、海上を航行する船舶、航空機、人工衛星などを使って、世界各地でしかも三次元的に観測できるようになり、観測空白域も徐々に狭まっています。そして最後に、地球上の空気の流れを数値計算で再現することのできる地球規模のモデル(大気輸送モデル)を使い、観測された大気中二酸化炭素濃度の時間・空間分布を再現するには、地表面のどこでどれだけの二酸化炭素が吸収・放出されていたはずであるかという問題を逆推定する計算を行います。この一連の流れに基づいて地球上での二酸化炭素の収支の分布を求める手法を、地球規模炭素循環におけるトップダウンアプローチとよびます。

 一方、この分野のボトムアップアプローチは次のような手法で行います。まず陸上では、世界各地の主要な生態系(森林、草原、農耕地など)に観測タワーを建てるなどして、二酸化炭素収支を直接観測します。現在、このような観測点が世界に500地点以上あります。こうして観測された各地の二酸化炭素収支のデータを使って、陸域生態系の炭素循環を計算するプロセスモデルや経験モデルを検証・改良し、気象データや衛星観測で得られる植生指標(光合成の活性などを反映する指標)などのデータを併用して、観測点の空間スケールから大陸スケール、全球スケールへと拡大し、炭素収支の分布を推定します。海上では、船舶などを利用し、航路上で海洋表層水中の二酸化炭素分圧を測定します。そしてできるだけたくさんの観測データを用いて、海水温や塩分などのデータも併用し、経験モデルなどを使って海域全体の二酸化炭素分圧の分布を推定します。同時に、海上の風速などの気象データを併用して海洋が吸収する二酸化炭素量の空間分布を推定します。

 トップダウンアプローチも、ボトムアップアプローチも、最近の数年~十年の間に、これまでにないスピードで発展しました。トップダウンアプローチでは、特に航空機や衛星による観測の発展によって大気中二酸化炭素濃度の観測頻度が飛躍的に増して、得られる情報の時間・空間分解能が大きく向上しました。ボトムアップアプローチでも、これまで観測データの少なかったアジア、アフリカ、南米などの陸域、そして世界中の海域でデータの収集整備が進み、複数のモデルの比較検証や不確実性を減らす研究が進みました。いまからは、前述の高校3年生や若手社会人のように、トップダウン・ボトムアップの考え方と手法をうまくくみあわせ、比較検証し続けることにより、観測誤差の幅を把握した上で、日本、アジア太平洋、全球の二酸化炭素の動態を正確に求め、現実に起こっている変化を検出するような研究が必要とされています。時間と手間はかかりますが、二つのアプローチをくみあわせることによって、気候変動緩和策としての排出削減目標の設定に科学的根拠を与え、適応策の基本となる気候変化の予測精度を上げることができると考えています。さらに、温暖化が進行した場合に、陸域や海洋で二酸化炭素の吸収能力が弱まったり、新たな発生源が生まれるような場所があるとしたら、それらを早期に発見することが重要となります。このような変化を起こす可能性のある場所や事象を予見し、その変化を早期に検出することは、地球温暖化対策の緊急性を訴える上で重要な仕事であると考えられます。                     

(さいぐさ のぶこ、地球環境研究センター 副センター長)

執筆者プロフィール

三枝信子の写真

私の専門は陸域観測で、手法は極めてボトムアップ的です。世界各地の観測データが必要なので、アジアで観測できる人を育てる取組もします。一方生活費の管理については、ボトムアップ手法が成功した経験は皆無です。

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