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2020年2月26日

有機エアロゾルの発生源解明に向けて

特集 PM2.5など大気汚染の現状と毒性・健康影響
【研究ノート】

森野 悠

有機エアロゾルの発生源解明

 環境汚染の原因解明や問題解決に向けては、当然ながらその発生源・発生機構の解明が不可欠です。大気中の微小粒子状物質(粒径2.5µm以下のPM2.5など)についてもこれまでに発生源推計が実施されてきました。1980年代にはディーゼル自動車が2~5割を占める主要発生源であったのに対して、その後の自動車排ガス規制の効果により自動車の寄与割合が減少して、近年はPM2.5の発生源が多様化していることが示唆されています。一例として、筆者らが2012年を対象に推計したPM2.5の発生源寄与割合(図1)を見ると、輸送部門・産業部門・発電部門・農業・植物・火山・バイオマス燃焼など、発生源が多岐にわたり、その対策が一筋縄ではいかないことが分かります。

PM2.5濃度への寄与割合
図1 2012年の関東地方におけるPM2.5濃度に対する発生源別寄与割合

 PM2.5が社会的関心を集めた2013年以降、日本におけるPM2.5濃度は減少していますが、依然としてPM2.5環境基準の未達成の地域が残されています。現在でもPM2.5の高濃度事例は頻発しており、その健康影響が懸念されるとともに、図2のような視程の悪化も起こっています(PM2.5の健康影響についての詳細は本号・高見らの原稿をご参照ください)。そのため、引き続きPM2.5の対策が必要とされていますが、特に有機化合物で構成されるPM2.5成分(有機エアロゾル)は、発生源や生成機構に未解明の点が多く、世界的にも集中的に実測・実験的研究(本号、佐藤)やモデリング研究(森野、2015)が進められています。ただ、図3に示した通り、有機エアロゾルの発生源推計においては、まだ大きな問題が残されており、特に工場・発電所などの固定燃焼発生源や、塗装・印刷などの固定蒸発発生源からの寄与の推計に問題があります。

 有機エアロゾルに対するこれら固定発生源の寄与を評価するためには、大気観測・室内実験に基づく実態把握と数値モデルに基づく寄与推計が必要です。そこで我々は、環境研究総合推進費の研究プロジェクトなどにより、特に人為起源の固定燃焼発生源と固定蒸発発生源が有機エアロゾルに与える寄与を正確に評価するための基礎研究を進めています。本稿では、研究の問題意識と現在までの成果を紹介いたします。

大気観測、群馬県衛生環境研究所から撮影した赤城山の眺め
図2 群馬県衛生環境研究所から撮影した赤城山(距離19 km)。晴天日でもPM2.5濃度が高いと視程が遮られることが分かる(群馬県衛生環境研究所 熊谷貴美代博士 撮影)。
人為発生源や植物発生源、有機マーカーの例の図
図3 有機エアロゾルの発生源・生成過程と有機マーカーの例、および有機エアロゾルの発生源推計における問題点。

有機マーカーの活用

 有機エアロゾルは数万種以上の有機化合物の集合体であり、その発生源や生成過程は多様ですが、成分レベルで同定されている化合物は質量ベースで20~30%程度です。このように全量を同定できていない有機エアロゾルの発生源寄与率を推計するためには、「有機マーカー」を活用することが有効です。有機マーカーとは、ある発生源から一次排出(粒子状で大気に排出)、或いは二次生成(ガス状で大気に排出されて、化学反応を経て粒子状に変化)された特有の有機指標成分のことを指します。有機マーカーを各発生源の指標として用いるためには、排出割合や生成収率が安定していることや他の発生源の影響を受けにくいことなどの条件を満たす必要があります。これまで、有機エアロゾルの発生源寄与推計のために、下記の有機マーカーが発見されて、広く使われています(図3)。

- 自動車起源(1次排出):ホパン類や多環芳香族炭化水素(PAH)類

- バイオマス燃焼起源(1次排出):レボグルコサンなどの無水糖類

- 調理起源(1次排出):オレイン酸やコレステロール

- 植物起源(2次生成):ピン酸やブタントリカルボン酸

 ただ、人為・固定蒸発発生源の寄与推計には有効な有機マーカーが少なく、これまでその発生源寄与をきちんと推計できていませんでした。2004年より、エアロゾルや光化学オキシダントの濃度低減を目的として、工場・事業所など固定蒸発発生源から排出される揮発性有機化合物(VOC)の排出が規制されていますが、これまで上記の通り有機エアロゾルに対する固定蒸発発生源の寄与評価ができていないため、VOC排出規制のエアロゾル濃度低減への効果も評価できていませんでした。近年、ジヒドロキシオキソペンタン酸や芳香族ニトロ化合物など、人為蒸発起源の有機マーカーの候補物質が報告されつつありますが、これらの候補物質の指標性評価が不十分であるという問題があります。そこで、本研究ではチャンバー実験や発生源調査(本号・佐藤と同様の実験)において、様々な条件における有機マーカー濃度を測定してその指標性を評価するとともに、実大気中における有機マーカー濃度を各季節・昼夜別に測定いたしました。その結果、ジヒドロキシオキソペンタン酸や一部の芳香族ニトロ化合物は人為蒸発起源の指標性を有すること、これらの成分は実大気中においても夏季・日中に濃度が増大し、二次生成物質に特徴的な経時変化を示すことが分かってきました。現在さらに、多地点・各季節の大気観測の結果を基に多変量データ解析を実施して、対策立案に必要な有機エアロゾルの発生源寄与評価を進めています。

固定燃焼発生源の寄与推計

 燃焼発生源からは、揮発性の高いガス状成分から揮発性の低い粒子状成分まで、多岐にわたる有機化合物が排出されます(主に高揮発性のガス状成分が排出される蒸発発生源とは対照的です)。自動車など「移動燃焼発生源」の発生源調査では排ガスを希釈して温度を下げた後に粒子濃度を測定しているのに対して、工場や発電所など「固定燃焼発生源」の発生源調査では測定場所の制約などのために煙道中の粒子濃度を測定しています。ここで問題となるのが、高温の煙道内ではガス状で存在して、大気に放出されて気温が低下した後に粒子状となる半揮発性成分です(この半揮発性成分を「凝縮性粒子」と呼びます)。現在の固定燃焼発生源の発生源調査では、高温で揮発する凝縮性粒子を測定できていないため、凝縮性粒子は排出規制対象から漏れています。当然、凝縮性粒子は排出量データベースからも漏れており、大気中PM2.5に対する寄与も評価できていません。このため、現在はPM2.5に対する固定燃焼発生源の寄与を過小評価している懸念があります。

 そこで、本研究では固定燃焼発生源からの凝縮性粒子が大気中の有機エアロゾルに及ぼす寄与の評価を進めています。第一に、行政などで実施した凝縮性粒子を含む発生源調査のデータに基づいて凝縮性粒子の排出量を推計しました。対象発生源は限られているものの、凝縮性粒子を考慮することで日本における有機エアロゾルの排出量が7倍ほど増大すると推計されました。このことは、固定燃焼発生源から排出される有機エアロゾルは、半揮発性成分が主要であり、従来の発生源調査に基づく推計では有機エアロゾルの排出量を大きく過小評価していたことを示唆しています。また、凝縮性粒子を考慮することで、数値シミュレーションの精度も向上し、実測された有機エアロゾル濃度をより良好に再現可能となりました(図4)。

 このように、固定燃焼発生源からの凝縮性粒子は大気中の有機エアロゾルに対して大きな寄与を持つことが示唆されましたが、その化学成分の多くは未解明で、寄与推計にも大きな不確実性が残されています。特に、発生源の状況(煙道温度や有機エアロゾル濃度)によって有機成分のガス・粒子分配は大きく変るため、結果として凝縮性粒子の排出割合も大きく変ります。これらの効果を適切に計算するために、発生源における凝縮性粒子の揮発特性の実態調査(本号・佐藤)などのデータを活用した熱力学モデルの構築と、そのモデルに基づく排出量推計などを進めています。

有機エアロゾル濃度の数値シミュレーション結果
図4 凝縮性粒子(CPM)を考慮した場合(赤)としない場合(青)の有機エアロゾル濃度の数値シミュレーション結果。

最後に

 観測・実験研究者と数値モデル研究者との協働により、有機エアロゾルの発生源について新たに多くのことが分かりつつあります。今回お示しした固定燃焼発生源からの凝縮性粒子の問題は、日本のみならず、世界的にもデータ整備が不十分で、中国・韓国など東アジアの国々でも実測・数値モデル研究が進められ始めている、関心の高い研究分野です。我々も、これらの国々の研究者と密に情報交換しながら、大気環境改善に資するべく研究を進めてまいります。

(もりの ゆう、地域環境研究センター 大気環境モデリング 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の森野悠の写真

今回、大気観測を実施した前橋の方々は赤城山の眺めを汚染状況の目安にしていました。私自身、学生時代には海岸からの伊豆大島、現在は通勤電車からの筑波山の眺めを目安としております。そういった各地のランドマークが鮮明に見えた時の喜びは万国共通ではないでしょうか。

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