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2017年12月28日

資源消費により地球規模で波及する生物多様性への影響

特集 日本の自然共生とグローバルな視点
【研究プログラムの紹介:「自然共生研究プログラム」から】

角谷 拓

地球規模で進行する生物多様性の危機

 2010年に名古屋で生物多様性条約の締約国会議(COP)が開催されて以来、生物多様性の危機とその保全の重要性は、国内においても広く認識されるようになってきました。「生物多様性」は、生物が長い進化の歴史を通じて形成してきた状態:それぞれの生物の特徴や同じ場所・環境に生育・生息する生物の組み合わせ、また生物が中心となって形成される複雑なシステムである生態系の特徴などを包括的に指す概念であるため、単一の指標で生物多様性の全体像や変化の傾向を知ることは簡単ではありません。しかし、古くからヒトが生物界の多様性を認識する単位として用いてきた「種」を指標として、生物多様性の現状を知ることは現在でも最も有効な方法の一つになっています。国際自然保護連合(以降、IUCN)では、世界中の生物種が置かれた現状を継続的に調査・評価し、特に絶滅の危険性が高い生物種を、絶滅危惧種として指定しレッドリストとよばれる生物種のリストに掲載する活動を行っています。最新(2017年9月)のレッドリストを見ると、ほ乳類では、世界の推定種数5,644種のうち25%が、鳥類では、11,121種のうち13%が、また両生類にいたっては、世界の推定総種数約7,696種のうち、実に42%もの種が絶滅のおそれがある生物種として掲載されています。レッドリスト全体では、25,062種が掲載されていますが、魚類やは虫類、無脊椎動物や植物などでは、まだ評価自体がされておらず現状が不明な種が多数存在するため、実際に絶滅の危機に瀕している生物種の数はこれよりもずっと大きくなるはずです。このような世界規模での生物多様性の危機を引き起こしているのは、そのほとんどが人間活動によるものです。特に、開発や農業などの土地利用の改変をともなう人間活動に影響を受ける種(12,709種)や、狩猟や漁業など直接的な生物利用をともなう人間活動に影響を受ける種(9,958種)は、非常に大きな割合を占めています。また、近年では侵略的な外来生物や気候変動による影響も深刻さを増しています。

国内での資源消費が引き起こす国境を越えた影響

 私たちは日々の生活において、多くの製品を利用します。その製品の原料は多くが自然界から採取された資源にもとづいています。したがって、国内での製品利用や消費の影響は、必ずしも国内にとどまらず、国際的な物流を通じて国境をこえて波及する可能性があるといえます。たとえば、図1に、パームヤシからとれるパーム油の利用の例を示しました。パーム油は植物油脂やせっけんなど、日常生活にひろく用いられています。しかし、その生産のほとんどは東南アジアなどの海外で行われています。パームヤシの栽培のために広大な熱帯雨林が伐採されます。そのような土地利用変化は、そこに暮らす生物に大きな影響を与えます。したがって、生物多様性の保全を考える上では、国内に生育・生息する生物だけでなく、国境を越えて波及する影響の下にある生物の保全も同時に考える必要があるといえます。私たちの研究プロジェクトでは、このような、資源消費が地球規模でひきおこす生物多様性影響を生物多様性フットプリントという指標を用いて評価することを目指しています。「フットプリント」とは直訳すれば「足跡(あしあと)」のことですが、ここでは人間活動の影響を面積に換算することによって測られる環境負荷を意味します。以降に説明する事例では、木材資源量を生産のために必要な森林面積に換算することで、その生物多様性への影響を定量化しています。

生物多様性フットプリントの概念図。消費、国際貿易、精算、土地利用の転換の順に、生物多様性への影響がある
図1 生物多様性フットプリントの概念図
矢印は資源消費によって生じる影響が連鎖的に波及する方向を示す。ある国における資源消費が、貿易と資源生産にともなう土地利用改変を通じて、最終的には資源生産国の生物多様性に影響を及ぼす。

生物多様性フットプリントを測る

 家具や紙、建築資材など木材由来の製品は私たちの日常生活に欠かせません。木材の消費は私たちの生活を豊かにする一方で、森林減少を助長することで、大きな生物多様性フットプリントを生み出しています。さらに、日本を含む多くの先進国は、生物多様性の高い熱帯諸国から木材を輸入するため、その影響はさらに大きくなると考えられます。ここでは、私たちの研究プロジェクトのメンバーが横浜国立大学・森林総合研究所と共同で行った、木材資源利用による生物多様性フットプリントの測定の事例を紹介します。

 この研究では、世界規模での鳥類の分布や個体数のデータ、森林消失マップ、また世界の国の2国間の木材貿易データから生物多様性フットプリントを計算しました。具体的には、まず、①木材資源の生産量あたりに失われる森林面積を推計します(図1の例では(c)⇒(d)に相当)。次に、②森林面積の減少による鳥類の種ごとの絶滅確率の上昇を計算します(図1:d ⇒ e)。①、②の計算を木材生産国ごとにおこない、木材生産国が生み出している生物多様性フットプリント(生産フットプリント:図1:c ⇒ d)を計算します。生産フットプリントは、自家消費用と輸出用の両方の木材生産の影響を示す指標です。次に、③二国間の木材貿易量に応じて生産国から消費国への生産フットプリントの再配分を行います(図1b)。最後に④消費国ごとに、木材資源の輸入量に応じて生産国から配分されたフットプリントを集計します(消費フットプリント;図1a)。この計算により、木材資源消費(図1a)から生産現場における生物多様性(図1e)にいたる影響の連鎖が定量化されることになります。この研究では、鳥類の種の絶滅確率をどれだけ上昇させるかで生物多様性への影響の大きさを測定しているので、集計された生物多様性フットプリントは「何種を絶滅させるのに相当する影響があったか(種数)」が単位となります。

 全世界を対象とした計算の結果、現状の森林減少が2100年まで継続した場合、対象とした525種の鳥類の12%にあたる62種が絶滅し、そのうちの31%(19種)が木材貿易の影響であると算出されました。図2は、国別に消費フットプリントから生産フットプリントの差を引いた値を示しています。この値は、自国内での木材生産によるフットプリントに対して、木材資源の輸入・消費によるフットプリントがどのくらい大きいかを示します。中国、日本、米国、韓国、メキシコは生産フットプリントに比して、大きな消費フットプリントを持つことが明らかになりました。これらの国は、木材輸入を通じて他国の生物多様性に大きな影響を及ぼしている国であるといえます。逆に、ブラジル、インドネシア、マレーシア、エクアドル、ミャンマーは、消費フットプリントに比べて、大きな生産フットプリントを持つことがわかりました。これらの国は、輸出のために多くの木材を生産することで他国の消費に由来する大きな生物多様性の影響を被っている国といえます。

木材輸入により他国に与える影響の多い国と、与えられる影響の多い国の上位5カ国のグラフ
図2 木材輸入により他国に与える影響と木材輸出により他国から受ける影響の差が大きい国
赤:他国への影響大きい上位5か国、青:他国から大きな影響を被る上位5か国を示す。Nishijima et al 2016 Ecological Indicatorsを改変。

 海外への影響が中国に次いで大きかった日本の影響をより詳しく見てみると、上記の熱帯諸国の鳥類の絶滅の確率を高める一方で、自国の鳥類への影響は全体に対して4%と非常に小さいことも分かりました(図3)。この結果は、日本の木材自給率が低いことが主要な起因であると考えられます。

日本が影響を与えている国上位5カ国。インドネシア、ブラジル、エクアドル、マレーシア、日本の順に多い。
図3 日本の木材消費・輸入による将来的な絶滅種数が大きい上位5か国
Nishijima et al 2016 Ecological Indicatorsを改変。

今後の研究の展開

 ここで紹介した研究は、対象とする生物が鳥類に限られること、また木材資源のみに注目したものです。しかし、冒頭で述べたように、現在わかっているだけでも世界には2万種を超える絶滅危惧種がおり、それらの生物種の存続を脅かす人為影響は、木材資源の生産だけでなく、農業による土地利用改変や鉱物資源の採取にともなう森林破壊など多岐にわたります。私たちのプロジェクトでは、より多くの生物種や資源タイプを対象とした、より包括的な生物多様性フットプリントの測定を目指して研究を展開しています。さらに、必要な資源利用は維持しながらどのように生物多様性フットプリントを世界全体として減少させることができるかという問いに答えるための研究も展開する計画です。たとえば、前節で紹介した木材資源の場合には、伐採面積あたりの生物多様性への影響が大きい熱帯林での伐採を減らし、代替的な場所で資源生産をするという選択肢を考えることもできます。私たちはこの研究プロジェクトを通じて、日本のような資源輸入・消費国が、自国内での生物多様性保全のみならず、資源消費によって負荷をかけている海外の生物多様性の保全に対してどのように責任を負っていく必要があるか、また、生物多様性に配慮した資源調達や資源消費はどのようにあるべきかといった社会的な議論に科学的な根拠を提供することを目指しています。

(かどや たく、生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の顔写真

生物の分布がどのように決まっているかに興味があります。生物がどのように相互作用しているのか、生物群集の動態がどのように決まっているのかにも興味があります。生態学は面白いです。興味がつきません。生物多様性への保全に貢献したいという動機と生態学における学問的な興味は、私の研究活動を支える両輪です。