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東アジアにおける持続可能な水環境管理手法の開発 −中核プロジェクト 「東アジアの水・物質循環評価システムの開発」 の概要−

【シリーズ重点研究プログラム: 「アジア自然共生研究プログラム」 から】

王 勤学

 長江,黄河等東アジア地域の流域圏では,急速な経済発展に伴う水需要量や水質汚濁負荷の増大によって,陸域の水不足と水汚染,沿岸域・海域生態系の劣化が深刻化すると共に,流域圏に支えられかつ流域圏に負荷を及ぼしている都市におけるエネルギー・水資源制約および水質の問題がいっそう深刻化しています。これらの問題は,中国のみならず,日本および東アジア各国に直接的,間接的に影響を及ぼしています。これらの影響およびそれの対策技術・政策の適応性と効果を定量的に評価し,持続可能な水環境管理に向けた科学的基盤の確立が緊急の課題になっています(図1)。

図1 研究の背景と必要性
図1 研究の背景と必要性(拡大表示)

 中核プロジェクト「東アジアの水・物質循環評価システムの開発」では,国際共同研究による東アジアの流域圏,沿岸域・海域および拠点都市における水環境に関する科学的知見の集積と持続可能な水環境管理に必要なツールの確立を目指し,観測とモデルを組合せ,水・物質循環評価システムの開発を目的とします。特に,都市,農村と流域生態系の共生の視点から,都市・流域圏における技術・施策の導入によるケーススタディの結果に基づく,適切な技術システムと政策プログラムの設計を含む流域の長期シナリオ・ビジョンを構築するための方法論の開発を目指しています。

 これらの目標を達成するために,三つのサブテーマにおいて具体的な研究計画を立てています。そのうち,サブテーマ1と2はアジア水環境研究室が担当していますが,サブテーマ3は環境技術評価研究室が担当しています(図2)。

図2 中核プロジェクトの研究目標およびサブテーマ間の連携
図2 中核プロジェクトの研究目標およびサブテーマ間の連携(拡大表示)

サブテーマ1
流域圏における水・物質循環観測・評価システムの構築

 広域的な水・物質動態の計測手法による観測を活用し,衛星データ,地理情報システム(GIS),観測データ等に基づく,東アジアの流域圏における水・物質循環に関する情報データベースを構築します。特に,長江流域の開発が,河川を通じて流入する汚濁物質等の陸域からの環境負荷の量・質的変化におよぼす影響について推定と解析を行います。さらに,気象・地形・土地被覆の条件が互いに影響し合う複雑な過程,相互関係を調査し解析することにより,水・物質循環を評価できる統合型モデルを構築し,南水北調などの利水事業,土地改変,人間生活の変化などが水環境へ及ぼす影響評価を行います。

 南水北調とは,水資源の比較的に豊富な中国南部の長江流域から深刻な水不足に直面している北部へ水を導入する計画であり,東線,中線と西線の三つのルートによって実施されています。この計画の実施は東アジアの環境変化及び社会経済の持続的な発展に大きな影響をもたらすだろうと懸念されています。長江中流域の最大の支流である漢江上流の丹江口ダムは南水北調の中線工程の水源地であり,また漢江中下流地区は長江中流の人口が集中し,社会的・経済的に比較的発展した地区で,湖北省の省都である武漢市が漢江と長江の合流点に位置します。漢江中下流の主流部分の総体的水質は良いものの,汚濁負荷の増大や人間生活の変化に伴い,一部水域特に都市近隣水域の水質は年々悪化しており,富栄養化現象もかなり深刻な状況になっています。特に1992年以来,漢江下流では渇水期に“アオコ発生”が多発し,下流域の人々の生活に大きな影響を及ぼしています。近い将来,南水北調を本格的に実施することによって,漢江中下流の水環境がさらに悪化していくことが懸念されています。このような状況を背景として,当該流域の水環境モニタリングの強化,影響評価技術の向上,有効な管理および相応の対策により,流域の“水と生態系の安全”,いわゆる“健康な河川”を確保することが非常に重要な課題として注目されています。

サブテーマ2
長江起源水が東シナ海の海洋環境・生態系に及ぼす影響の解明

 陸域起源水が海洋環境に及ぼす影響及び浅海域の水質浄化機能を定量的に評価するため,国際共同研究体制を整備し,長江河口域及び沿岸域の環境の経年変化を理解するための環境情報データベースを構築します。また,当該水域の富栄養化等の実態を理解するため,東シナ海陸棚域における航海調査を継続し,長江起源水により輸送される栄養塩類の藻類群集による取り込み過程及びその行方に関する検討を行います。さらに,東シナ海での航海観測結果を面的に理解するため,沿岸域から東シナ海における海洋流動・生態系モデルを開発し,並行して入力データベースの整理やモデル検証用データの取得を進めてゆきます。

サブテーマ3
拠点都市における技術・政策インベントリとその評価システムの構築

 都市域からの汚濁物質フラックスを把握するため,汚濁負荷インベントリを構築し,また,都市の産業技術・政策が水・物質循環に及ぼす影響を評価できるアセスメントモデルを開発します。同時に,拠点都市において環境改善技術,循環型産業技術・政策インベントリの評価手法の開発を進め,それを用いた長期シナリオ・ビジョン研究に取り込んでいきます。

 これまでの2年間には,各サブテーマにおいて以下の成果が得られました。

 サブテーマ1において,衛星データ,GIS,観測データおよび現地調査などに基づく,長江流域,特に南水北調の水源である漢江流域における気象,地形,土地利用のデータに加え,水文,水質および人間生活・社会経済的なインベントリデータを収集し水環境情報データベースを構築しました。このようなデータを,流域統合管理モデルに入力し,日・月・季節的な蒸発散量,河川へ流出量,地下水変動などの水循環フラックス及び植生・土壌・水域の炭素,窒素など物質循環フラックスのシミュレーションテストを行いました。さらに,このモデルの検証や適用を含めた共同研究体制の確立の一環として,中国水利部長江水利委員会,中国科学院の関係機関と共同で2度の日中流域水環境技術交流会を開催すると共に,漢江中下流の主流部分にある仙桃水文ステーションにおける栄養塩の自動観測システムを共同で設置しました。また,現地の共同研究者のご協力で,都市・農村住民の生活状況,消費構造,汚濁負荷のルートと排出量などの詳しい調査を実施しています。このような一連の活動を通じて,研究地域の情報をリアルタイムに収集し,また,得られた情報はデータベースに蓄積して開発した流域圏管理モデルに入力することにより,自然の気候変動,人為的な生産と消費活動,南水北調などの利水工事の影響評価が可能になり,漢江中下流の水資源・水環境管理に対する政策決定に貢献することが期待できます(図3)。

図3 研究フレーム,実施体制及び進捗状況
図3 研究フレーム,実施体制及び進捗状況(拡大表示)

 サブテーマ2において,東シナ海排他的経済水域において航海調査を実施し,陸棚域において中国沿岸域の赤潮のキースピーシーズである渦鞭毛藻類の優占的増殖が観測されたことを踏まえ,長江起源水により輸送される栄養塩類の藻類群集による取り込み過程及びその行方に関する検討を行いました。このような航海観測の結果を面的に理解するため,海洋流動・生態系モデルの開発を進めると共に,モデルに必要な環境情報データ,例えば長江河口域及び沿岸域の漁獲量の経年変化,埋め立て面積等のデータを入手・整理し,データベース化を行いました。これらの調査・研究を推進するため,浙江海洋大学,上海水産大学等との共同研究ネットワークの構築に向けた協議を行い,この協議に基づいて中・長期スケールでの研究課題を設定し,その実行工程に関する詳細な議論を進めています。

 サブテーマ3において,中国の大連市・武漢市など拠点都市のデータベースのフレーム設計と共に,都市環境情報システムを構築するため,基礎統計データの収集と,そのデータを衛星データにより空間内挿するなどの作業を行いました。また,今まで開発された陸域水熱移動の三次元プロセスモデルを基に,都市水熱代謝モデル等をサブシステムとして加えて統合しました。さらに,技術・施策の導入効果をモデルで評価するために,産業共生資源循環技術,バイオマス循環技術,水環境保全技術,都市熱環境改善技術など,四つの技術群について調査を行い,そのインベントリの構築を進めました。この研究をアジアに展開するために,大連理工大学,武漢大学,南開大学との共同ワークショップ,国連環境計画および川崎市との産官学連携の国際専門家ワークショップ・フォーラム,及び中国環境科学院,日中友好環境センターとの共同ワークショップを開催し,共同研究のフレームを構築しました。

 最後に,本中核プロジェクトを推進することによって,南水北調事業や人間生活の変化に伴う流域水環境の変化と保全管理,東シナ海陸棚域生態系の現状把握およびその変化の原因解明,および東アジアに適用する自然共生型都市・産業の技術・政策シナリオの開発に寄与することができると期待されます。

(おう きんがく,アジア自然共生研究グループ
アジア水環境研究室長)

執筆者プロフィール

王 勤学氏

 最近,流域生態系も河川もある種の「生命体」であり,元気な時も,ストレスのたまる時も,優しい時も,荒ぶる時もあるという認識から,流域の「健康診断」,「健康管理」と「機能回復」などが必要だと本気で思うようになりました。人間は自然の「健康状態」を配慮し,それに応じて行動しないと,本当の意味での「自然共生」にはならないと思います。中国出身であるわたくしは,このような分野で両国の研究者の架け橋になり,両国にとって共通便益が得られる環境評価システムの構築や,知識と技術の交流に微力ながら役立てればと思っています。