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南極レポート(第3回:「昭和基地でのミッドウィンター」)

【海外調査研究日誌】

中島 英彰

 前回の南極レポートでは,昭和基地の概要とそこで行われている観測項目について紹介しました。今回は,昭和基地での極夜の生活やミッドウィンター祭の様子,あと最近始まった極成層圏雲(PSC)の観測に関して紹介したいと思います。

 南極昭和基地では,5月31日から7月12日までの約1ヵ月半の間,一日中太陽の昇らない「極夜」を迎えました。とはいっても一日中ずっと真っ暗なわけではなく,最も暗くなる6月後半においても真昼の数時間程度は,夕暮れ時ぐらいの明るさになり,わずかながら基地の外作業も行うことができます。この時の太陽は,一番昇っても地平線下2.5度にしかならないわけです。

 極夜の期間には我々の体の中の体内時計が狂ってしまうせいか,不眠を訴える隊員が増えます。基地のお医者さんに睡眠薬を処方してもらう隊員も多いようです。また,寒さも本格的となり,今年に関して言うと7月13日に今年最低となる-33.4℃を記録しました。

 南極に特徴的な気象現象の一つに「ブリザード」が挙げられます。これは,地吹雪を伴う強風のことで,半日から数日間も台風並みの強風が連続して吹き荒れます。酷い時には,横から吹きなぐってくる雪のため,「ホワイトアウト」といって視界が限られて10m先が見えなくなることもあります。また風速も平均で秒速25m以上,瞬間だと40m以上にもなり,外出すると遭難する危険性があります。実際,1960年の第4次南極観測隊の福島紳隊員が,このようなブリザードの最中に犬の餌やりと橇(そり)の点検のため外出し,基地に帰り着くことができずに遭難してしまいました。その遺体は8年後の1968年,基地から約4km離れた西オングル島で発見されるまで分からなかったという悲劇となりましたが,これが現在に至るまで,昭和基地における唯一の死亡事故例となっております。現在ではその時の気象条件を基に,隊長が順次「外出注意令」,「外出禁止令」を発令しますが,こうした過去の事故例を基に隊員の安全管理を図っているわけです。

 南極における冬至の前後数日間(今年は6月21~23日)は,「ミッドウィンター祭り」といって,南極におけるすべての越冬観測基地がお祭りを行います。この時は休日日課となり,気象や通信,オーロラ観測等どうしても外せない業務以外は休みとなり,スポーツ大会やゲーム大会,バンド演奏や劇・落語披露などの演芸大会が行われ,フルコースディナーや和風懐石などの料理に舌鼓を打ちます。また,各国の基地は,お互いにグリーティングカードの交換を行います。図1は,昭和基地から各国の基地宛に送た今年のグリーティングカードです。このカードは,私が撮影してデザインしたものが採用されました。また,図2は,各国の基地から昭和基地に送られてきたグリーティングカードです。中には,ミッドウィンター・ディナーの招待状を送ってくる基地もありますが,それぞれ1000km以上離れ,航空機も使えないこの時期にお互い行き来できるはずはなく,ジョークのひとつです。今年は,アメリカのブッシュ大統領やウクライナの教育科学大臣からも,昭和基地宛のメッセージが届きました。ちなみに今年は全部20ヵ国,48の基地が,南極で越冬観測を行っております。

図1 今年のミッドウィンター祭りの時に,昭和基地から各国の基地宛に送ったグリーティングカード
図1 今年のミッドウィンター祭りの時に,昭和基地から各国の基地宛に送ったグリーティングカード
図2 各国の基地から昭和基地宛に送られてきたグリーティングカード
図2 各国の基地から昭和基地宛に送られてきたグリーティングカード

  面白いのは,これらのカードには国名や国旗など,その基地の所属「国」に関する事柄が一切入っていないということです。これは,南極大陸の継続的な平和的利用のために1959年に締結された,「南極条約」の精神に則るものとされています。つまり,南極地域における領土主権・請求権の凍結,南極地域の平和的利用(軍事的利用の禁止),科学的調査の自由と国際協力の3つを柱とする条約の精神に則り,南極においてはすべての基地は,国際協力の上に観測を行っているのだということの現われです。ちなみに,1957年から南極観測を開始した日本は,アメリカ,ソ連(当時)などを含めた12の条約原締結国のひとつです(現在の締結国は45カ国)。

 最近のトピックとしては,南極特有のPSC(図3)の観測を開始したことが挙げられます。PSCとは,-80℃程度以下にまで気温が低下する極域の成層圏にのみ現れる特殊な雲のことで,オゾンホールの引き金となる化学反応を起こす仲立ちをしていることが分かっています。ただし,その特性に関してはまだ分かっていない点が多く,オゾン層将来予測モデルの不確定性の要因のひとつと考えられています。我々48次観測隊では,PSCにターゲットを絞った観測を行うことにより,その不確定性の低減に貢献することを狙っています。7月はじめ頃より昭和基地上空ではしばしばPSCが見られるようになり,晴天日には今回新たにPSC観測用に持ち込んだ分光器による観測を行っております。なんとか,面白いデータが取れそうに感じています。

図3 昭和基地に現れた極成層圏雲(PSC)
図3 昭和基地に現れた極成層圏雲(PSC)
 PSCは成層圏の高度12~20km付近に現れるために,日の出前の太陽の光を浴びて黄色,
もしくはピンク色に輝く。写真を撮ったときは,高さの異なる複数の層のPSCが同時に
現れていたため,複雑な色彩となって夜明け前の空に輝いていた。

 次回の南極レポートでは,今年のオゾンホール最盛期の状況に加え,極夜明けの沿岸調査やペンギンセンサス,そして内陸トバース旅行などについてお知らせする予定です。お楽しみに。

(なかじま ひであき,大気圏環境研究領域
主席研究員)

執筆者プロフィール

 国立環境研究所に来て丁度10年目の年に,つくばから南極に脱走計画を企て,現在南極昭和基地に雲隠れ中。昭和基地に来て久々に,高校時代以来となるバンド演奏を再開した。これも,日本にいてはとてもできないサバチカル生活の効能か。幸い昭和基地では毎月「誕生会」という披露の場があるので,練習にも熱がこもる。今回の越冬を機会に始めたテナーサックスも,それなりに上達している。果たして,帰国後皆さんの前で披露できるまでの腕前になれるか…!?